2020年09月30日

益川さん、むじな沢で物理を語り合う―素粒子と対称性 日本評論社 (2010/1/25)

図書館。一般向けの本として素粒子論に関するものは次の二冊が良いとボクは感じている。
「素粒子の統一理論を求めて」西島和彦 岩波・90年代半ば出版
「現代の物質観とアインシュタインの夢」益川敏英 岩波・90年代半ば出版

すると、この本の中にこの二冊に言及があって、「西島先生の本がもっとも人気があるようですが、私の本も買ってください(笑) 」

というわけで、上の本の一部は「現代の物質観とアインシュタインの夢」とだいたい同じ内容であった。
湯川が中間子論でノーベル賞を受賞した時に市井の研究者がノーベル賞委員会に手紙を出した。湯川は間違っている、と。 そういう話もあって。そいつが量子力学を知らなかったという話でして。

で、他の入門書でボクはゲージ場の量子であるクォークやWボソン等は質量がゼロでなければならない。ところがクォーク、Wボソン等は質量がある。と知った。なんでや。
すると物理学者はゲージ対称性をヒッグス機構がやぶり、ヒッグス粒子との相互作用でクォーク等が質量を持つようになったのだと言いやがる気がする。ホンマでっか。

ところが、上の本で「質量はヒッグス粒子によるものだけではない、カイラル対称性が破れて質量が出てくる」 などとのたまうておられる。

さあ、ここでボクのIQ88のちょ~・頭脳が大混乱に陥りました(笑)

質量の起源はヒッグス粒子だけだあぁ・・・ と思っていたのにいぃぃ・・・ バカタヤロー!!

てなわけで、「質量とは何か」という趣旨の入門書を探して読むぞ。本棚にあるけどね、古い本が。古いのはよす。2010年以降の本を探す。

質量とはなにか・・・なんでしょね。古典物理では重力質量とか慣性質量とかから話がありましてね、えーえー。物質が素粒子で出来ているならば、素粒子の質量を足したら物質の質量になる・・・と思ったらならないんですね。エネルギーも質量になりうるとか言いやがるんですねぇ。。。 もうワケワカメ、理研はワカメ。

で、古い本の話を蛇足ですが、追加。
「対称性原理」講談社BB   1980年 ----------   この本では素粒子の分類で次のような用語が出てくるでした。
強粒子、重粒子、中間子、軽粒子。うむうむ。ボクはもう知っている(笑)
強粒子 = ハドロン
重粒子 = バリオン
中間子 = メソン
軽粒子   = レプトン

    他の本でグルーオンは膠子と書いてあるものがあった。膠 = にかわ で糊を意味するが、膠子は こうし と読むと光子と勘違いするから、のりし、にかわし と読むと格好悪いのでカタカナのグルーオンが適している。

ボクが就職した頃はPC等のハードウェアやソフトウェアに対して、金物(かなもの)、軟物(なんもの)と言うとった人たちが先輩方におりました(笑) 1980年ごろですかねぇ。

昨今は政治家どもまでがカタカナ言葉をつかいたがる。日本語でいいものは日本語で。適訳ががない場合にはカタカナで。そういうふうにして欲しい次第である。まーバカな奴ほどカタカナを使いたがる、英語できんくせに(笑)
技術用語、物理用語で適訳がない場合にはカタカナでいいのだが原語も書けよ、出版社はよ、という気もする。一時期、そのような本があってけどね。ただ、カタカナが出るたびにカッコで英単語が出てくると、それはそれでうざいなあ(笑)

というわけで、質量って何だい?   結局、わかりませんでした・なむぅ。

posted by toinohni at 07:28
"益川さん、むじな沢で物理を語り合う―素粒子と対称性 日本評論社 (2010/1/25)"へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: