2020年08月22日

素粒子論とかの入門書は少しテキトーなところがある

「現代の物質観とアインシュタインの夢」益川・岩波 90年代半ば

一般向けの入門書であるが、次のような事が書かれていた。

  1928年にディラックは相対論的量子力学を発表し、陽電子の存在を予言した。4年後にアンダースンが大気上空での観測で陽電子を発見した。

嘘っぱちである。一般向けの入門書だから紹介するとしてこのぐらいでいい・・・という事かもしれないし、益川は具体的な話は知っているはず。だが、入門書に細かい事は書けない。書くと紙数が激増してしまう。

ディラックは28年に相対論的量子力学を作った。その理論は電子のスピンを自動的に導き出した。だが、同時に負のエネルギーというワケワカメを抱えてしまった。
ディラックが28年にディラック方程式を提案してすぐに陽電子を予言したのではない。負のエネルギーの解釈に悩み、ディラックの海という、パウリ的に言うとアクロバティックな発想をして打開しようとし、ディラックの海から電子が抜けた状態が陽子である・・という間違った解釈を経て、それは同業者の批判を浴び、そして31年に陽電子の存在に自信を持ったのだった。
アンダースンはディラックの理論を知らずに新しい粒子を発見した。アンダースンは新粒子を発見したと思った。それがディラックの言う陽電子であると認められるまではグダグダが1年ぐらい続いたのである。
コペンハーゲンの量子力学一家の親分のボーアと若頭のパウリは、それはディラックの陽電子ではない、と主張した。こいつらとディラックは論敵なのであった。だが、結局はディラックの言う陽電子であると認めるに至ったのである。

何を言いたいか。19**年に物理学者の誰々がチョメチョメな物質を、理論を発見しました、と教科書は単に事実を時系列で書く。
ところで、その当時の物理学者の現場では ものごとは そう単純な話ではない。

上の本で益川は簡単に28年のディラックの理論が陽電子を予想したと書いているが、一般向けの本だから詳細は書けないのである。益川が知らなかったわけではない。たぶん。

湯川が中間子を発想した時の話も入門書ではテキトーなところがある。湯川は1935年に中間子の質量を不確定性原理を使って電子の200倍と推定した、と書いてある本がある。だが、270倍であると書いてある本もある。
今では電子の質量の200倍がμ粒子であり、湯川中間子はパイオンであり電子の270倍であると知られている。
200倍なのか270倍なのか・・・。それは湯川の現論文では200倍であって。その後の研究によって270倍になったのである。
湯川は初めから270倍という数字を出したわけではない。現論文は200倍だ・・・とどっかの人が書いていた。ワイは現論文は読んでないので知らん。

最近のワガハイの趣味は素粒子論を始めとして入門書・一般向けの本を読んで、粗探しをする事である(笑)

粗探しをする・・・これは気づくという能力が必要になる。何もわかっていないやつにはできないのである。

おまいは、あの本ではこんなこと書いていたが、この本ではそんなこと書いていて、違うジャーンっていう事。そういう気づくということ。

入門書、科学啓蒙書、一版向けの科学本・・・・・ 読み方によっては楽しいですぜ。物理の勉強をする本ではないのであってね。勉強したい人は大学向けの教科書を読みたまへよ。

posted by toinohni at 14:12
"素粒子論とかの入門書は少しテキトーなところがある"へのコメント
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