2020年03月25日

物理学史 物理雑学 そういうものでも読もう どうせ理論はわからん

場の量子論を理解しようとしたら麻呂は数年・・・でできるわけがないな。独学だとして。ゲージ場の理論など理解し、計算出来るようになろうとしたら・・・これは物理学科の学生・院生に進むしかないな。
なので物理学史、雑学等で朕は暇つぶしをする次第である。焼酎飲み続けて半世紀・・・脳みそは縮んだであろう(笑)
さてと、そういうわけなので物理学史、雑学にシフトする。なんちて。数年前も書いたけど、ワシのブログは数ヶ月に一度はリセットされるのでして。

で、理論を考えた物理学者がその分野で主流になるとは限らないというところに興味が出てきた。

量子力学のシュレディンガー方程式はシュレディンガーというエロおやじが開発した理論だが、その波動関数ψに関しては解釈がピシっとしない状況である。

シュレディンガーは波動関数が電子の質量分布、あるいは電荷分布をあらわすと考えたようだが、論敵によってあっさりと否定された。

原子に束縛された電子の場合には波動関数が質量分布、電荷分布と解釈しても問題はないように思えるのだが自由電子の場合にはそうはいかないのだ。シュレディンガーの解釈はアインシュタイン、パウリ、ハイゼンヘルク等によって突っ込まれ否定された。

代わりに実用になった解釈はボルンによる確率解釈である。波動関数の絶対値の2乗が電子の存在確率密度をあらわすというものだ。これは実験と合う。
これはコペンハーゲン解釈へとつながった。

ただ、シュレディンガーはこの解釈を嫌った。さらに量子力学の研究からも離れてしまった。生物の研究へとシフトし、その分野でも業績を上げている。
このように理論を開発した当人が主流から外れていくというのも物理学史を知ると面白い。

天才は、その天才を発揮するのは10年ぐらいに限られているようだ。誰もが名前を知っているアインシュタインは1905年に 光量子仮説、ブラウン運動、動く物体の電気力学(特殊相対論)を発表した。26歳だった。それから10年後に一般相対論を発表している。さらに遷移確率の導入、ボーズアインシュタイン統計など20年間は業績が立派である。
光量子仮説、特殊相対論、一般相対論に限定すると10年間の仕事である。その後は統一理論に没頭し、成功しなかったが。量子力学の批判をするようになった。
しかし、20年間ぐらいの目立つ活躍というのは長い方かも知れない。

科学入門書では天才・ディラックと形容されるディラック。天才の能力を発揮したのは1925 - 1935ぐらいの10年ぐらいであろう。
量子力学は1925年にハイゼンベルクの行列力学、1926年のシュレディンガーの波動力学が教科書に紹介されるが、シュレディンガーに少し遅れて1926年にはディラックがq数を利用した量子力学を発表している。そこには演算子の非可換性を発端とする不確定性原理まで含まれていた。
28年に相対論的量子力学を発表し、反物質の存在を予言し、その後の素粒子論を駆動することになる。天才・ディラックのライバルは怪物・パウリである。
パウリはディラックの手法をアクロバットと評した。
場の量子化をはじめたのはディラックであり、パスカール・ヨルダンであり、パウリであり、ハイゼンベルクである。

この天才連中は天才の創造性を発揮したのは20代半ばから30代であめように思える。ただ、中年になると研究に専念できないという環境もあるかも知れない。いわゆるエライ立場に昇格して雑用が増えて(笑)

湯川が中間子を着想したのは20代後半である。1935年に核力の説明のために中間子の存在を予言したのだが、新粒子の提案がそう簡単な話ではない、というのはその当時の話である。

では、ツヴァイク、ゲルマンがクォーク仮説を着想したのは何歳の頃だったのか。

ガモフがビッグバンを着想したのは何歳の頃だったのか。

南部や小林・益川がノーベル賞受賞に結びついた理論を着想したのは何歳の頃だったのか。

そこらも物理学史の雑学を知るという意味では興味が出てきた。

現在の大学は学部3年、博士課程前期2年、後期3年であり、博士号を取得する年齢は早くても27,28歳か。
博士論文がノーベル賞受賞に結びついたド・ブロイ、博士号取得するまえに量子力学を作ったディラック、・・・・100年ぐらい昔と現在の環境を単純に比較しても意味はないが、今は勉強する内容が多すぎるという想像はできる。
  天才が天才性を発揮するであろう20代に、学生であり研究よりは勉強ばかりしているって状況ではないかと妄想する。
一人の天才がブレイクスルーを起こす時代は とっくに 過ぎ去っているというのが現実か。

ビッグサイエンスと言われて久しい。巨大な実験装置を巨額の費用で建設する。従事する科学者・技術者の人件費も相当なものだ。一国で賄えないので数カ国でコラボする。

それでもワガハイは一人の天才がブレイクスルーを起こす事に期待するのである。

先例はジョン・ペルだ。

それはそれとして、シュレディンガーの孫にあたる英国の物理学者ルドルフくんは活躍してるかね。シュレディンガーの愛人の子(娘)の息子である。愛人と娘は激動の人生であった。
これはシュレディンガーの伝記で知った。よんで涙がこぼれた。生きる、とはそういうことだ!!

焼酎きれた。もう力がでないよーーーー 寝るか

posted by toinohni at 18:51
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