実在とはなにか アダム・ベッカー 吉田三知世訳 筑摩書房2021年
これをCopilot先生に編集して貰ったのであーーーる。
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読んだ本の話(内容紹介はしない)
量子論に関する壮大な雑学収集に役立つ一冊を読んだ。ボーア vs アインシュタインの論争から、クラウザー、ツァイリンガー、アスペらのノーベル賞受賞まで、四苦八苦・紆余曲折・どーたらこーたらが詰め込まれている。たぶん。
内容紹介?しない。興味があれば読むがよかろう。図書館にあろう。
コペンハーゲン解釈という名の迷宮
この本の中心はコペンハーゲン解釈。だが「コペンハーゲン解釈」と一口に言っても、統一されたものではない。ボーア一家の思想がベースだが、ややこしい。
量子力学の解釈問題を研究しようとした大学院生が大学から追い出されそうになった話もある。教授職には就けない。タブーと忖度の嵐。世界中の大学の物理学科がそんな状態だったらしい。
ボーアによる洗脳とまで書く物理学者もいる。とはいえ、1980年代以降は「量子力学基礎論」という分野が誕生し、異議申し立ては自由になった。…らしい。だが今でも教科書はコペンハーゲン解釈を教える、とさ。
非局所性と「ほんまでっか」
量子論では非局所性が示された。ほんまでっか。
「遠くの銀河から来た光を人が見た瞬間に、その銀河での発光状態が定まる」みたいな比喩が入門書にあった気がする。デタラメっぽいが、雑学としては面白い。
雑学メモ:哲学と物理の交差点
ウィーン学団・論理実証主義 vs ドイツ・観念論主義
EPR、ボームによる改良
ド・ブロイのパイロット波 → 25年後にボームが再発見して練り直す
ボーア、パウリ、ハイゼンベルクらは論理実証主義の土壌に育つ
パウリの名付け親はマッハ:「原子はない、なぜなら見えないから」
ハイゼンベルク:「見えない電子軌道より、観測可能なエネルギーを対象に」
戦争と物理学者たちの逃避行
1930〜40年代、ユダヤ系物理学者たちはヒトラーの迫害を恐れて米国へ。アインシュタイン、ゲーデル、フォン・ノイマン、フェルミ(イタリア出身だが)らがプリンストン高等研究所に集う。ここは大学ではない。プリンストン大学とは別。
そしてマンハッタン計画。オッペケペー…じゃなくてオッペンハイマー率いる原爆開発。数千人の物理学者・技術者が招集され、カネがドバドバ注ぎ込まれる。ファインマン、フォン・ノイマンも参加。
原爆完成 → 広島・長崎へ投下 → ロスアラモスの研究者たち、トラウマ(ネコウシ?ウマトラ?ちがーう)を抱える。
米国の実用主義と量子力学の量産
戦後、米国の大学には物理学志望の学生が殺到。軍産複合体からの資金流入により、博士号が量産される。だが、米国にはボーアやアインシュタインが学んだ哲学的土壌がない。科学哲学は貧弱。結果、コペンハーゲン解釈が主流に。
ボームとエベレットの逆襲
1950年代、デビッド・ボームが独自の量子力学を提案。コペンハーゲン解釈じゃなくても量子力学は量子力学。ただし流行らず。
1960年代以降、エベレットの多世界解釈が登場。最初は別名だったが、紆余曲折を経て1980年代以降に「多世界解釈」と呼ばれるように。
そして「実在」とは何か
ボーア曰く「量子的世界はないのだよ、ちみぃ」。だが電子や原子があってマクロな物質世界がある。量子的世界はない…って言われてもワケワカラン。
量子的世界と古典物理的世界の境界はあるのか?知らん。ボーアは説明が下手だった。
長生きできない物理学者たち
アインシュタイン、パウリ → 1950年代に他界
ボーア、ディラック → 長生き
エベレット → 50歳ちょいで他界
ボーム → 長生きせず
ベル → 60歳前半で他界
脳みそフル回転すると長生きできないのか?知らんけど。
それが実在ぞよ!ぞよぞよ教、爆誕
さて、実在とは何か。イチゴの実が机の上に在る。実が在る。それが実在である。
この「実」を好きな名詞に代えてみなはれ。電子でも、愛でも、哀でも、幸福でもよい。抽象名詞でもよい。
それが実在ぞよ。出たぞ、ぞよぞよ教!!
posted by toinohni at 19:26| 東京 ☀|
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