2020年08月20日

電磁気学ってものがあってな なあぁにいぃ・・・見つけちまったな!

電磁気学から特殊相対論が生まれた。電磁気学からゲージ場の理論が生まれた。マクスウェル電磁気学は栄養豊富な卵であった。雛が孵り自然に対する豊富な理解を人類に与えたのである。・・・・・ まあたまにはエラそうな事を言うワタクシである。テキトー。

その電磁気学は100%の成熟度ではない。まずいところはある、とファインマン・物理学の電磁気学で紹介があった。
点電荷が電場を作る。電場のエネルギーを全空間で積分すると発散する。これは点電荷が無限大のエネルギーを持つので有効活用すればエネルギー問題が解決するというおめでたい話ではない。
問題は点電荷だ。クーロンの法則を想像したまへ。分母に変数があって、その変数がゼロになれば発散する。点だからゼロがありうる。
「電磁気学」高橋秀俊 では、この問題はこの本では触れない、としてとっとと避けてある。
点電荷・・・分母がゼロ・・・発散。場の量子論では質量の発散と電荷の発散が登場する。量子電磁気学の話ね。朝永振一郎らが 繰り込み という手法を開発して発散を避ける事ができるようにはなったものの、場の量子論の理論を修正して発散をなくしたわけではない。
場の量子論は70年代まで物理学者の一部だか多くだかが不信感を持っていたとかいう。

で、ワイがいいたいのはそういう高尚な話ではない。古典電磁気学で発散が生ずるのはローレンツが昔の昔にとっくに指摘していた。
これは電子を質量m, 電荷qの点粒子として考える限りついてまわる。だが、量子力学では電子は波の性質も持つ。点粒子が波の性質を持つ・・・・という総合的な考えで電磁気学を捉え直せば発散は消えるのではないか。点として扱わなければ良いのである。

そういう妄想と想像をするのがボクは楽Cーのである。これは決して電子を半径aの大きさを持つ粒子として扱えという事ではない。そういうアプローチは既に何人もの物理学者が試み、全部失敗したのである。
「マクスウェル方程式の基礎」「電磁気学Ⅱ」 太田浩一 にそういうことが書かれていた気がする。ディラックも試みて失敗したのだった。

なので、点でもあり波でもあるという性質を持った電子というもので考え直す。
量子力学は少しばかりテキトーというか 嘘っぱちなところがあって電子の二重性を次のように扱う。
粒子性は電子を点粒子として扱う、波の性質は波動関数Ψが担当する。点粒子としての担当と波としての担当が分かれている。それでうまくいくからいいのである。
だが、粒子でもあり波でもあるという総合的なもので記述するわけではない。
ここらを妄想し想像するのがワイの趣味なのである。どーよ。なにがよ。しるかよ。

まーしかし、電磁気学はちょ~難しいよ。考えずに本をなぞるだけなら楽勝だけど、考え出すと直ぐにドンづまル。
なので、いつもアタマをスッキリさせたい人は、ものを考えないと良い。考えないとスッキリのままだぞ・・・たぶん。そういう人たちを バカっていうのだけど(笑)

てなわけで、今日も暑い。残暑の季節なのに酷暑が続く。そういうのって、ある時にドドッと気温が下がって、今度は寒いぞ、バカタレ!! ってなる気がする。
普通は酷暑の後に台風がやってきて気温を下げる。今年は台風が意外と少ないのである。新コロのせいで台風が怖気づいたのであろうか。台風が新コロに感染して・・・・なんですとぉ!!

posted by toinohni at 11:49| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

素粒子論というものがあってな なあぁにいぃ・・・気づいちまったな!!

この手の入門書とか一般向けの本とかを読んでですね、そんなの理解できるわけがないと感じるのは正直者であり正しい姿です。時代の天才連中が数十年かけて築いた理論を入門書数冊を読んで理解できたら、ちょ~・天才か、たんなるホラ吹きか、どっちかだがホラ吹きだろよ(笑)

というわけで言いたいことはそこではない。初めの方は素粒子の種類について関心があって読む。クォークが3世代6種類とか、レプトンが3世代6種類とか。ここらの分類をするのに数学的には群論が登場したり対称性が紹介されたりする。
だが、クォークがどうして必要になったのか・・・その歴史的な話を知ると、ちょっと待てよという感じが強くなる。
50年代から60年代にかけて新粒子(ハドロン)が数百も発見された。素粒子が何百もあってたまるかい、と思った物理学者はより基本的な粒子・クォークの複合体として数百のハドロンを説明しようとした。それは結果として大成功だ。
だが、ここでワイは大疑問を感じた。ハドロンの寿命だ。10^-23とか、10^-15とか・・・いいですか、10のマイナス15乗ってのは一瞬と形容される時間ではない。一瞬でさえもない。
10^-23 secってのはな、粒子が光の速度でとんでも進む距離は陽子サイズなんだぞ。そんなの検出されるわけがなかろうに。・・・・
そう、直接、検出されるわけではない。

そして、大疑問はハドロンって存在しないのでは?  という事。その10のマイナス23乗とかの時間だけ存在するのですよ、と量子力学の不確定性原理は言う。
いや、そんなのは、オレにとっては存在しないのと同じなのだよ、とオレが言う。

素粒子の種類ってどんだけ・・・?  って疑問から、素粒子ってほんまにあるのか? って疑問に。
陽子、中性子は uud, udd 。原子は陽子と中性子で原子核、その周囲に電子がある。すると必要な素粒子は u, d, e だ。c, s, t, b のクォークはどこにいて何してるん?   レプトンのμ、τはどこでなにしとるん? 

というあたりで、なんだかなあ・・・と思っていると、今度はビッグバンのときには・・・という話になる。クォーク、レプトンが単体で飛び跳ねていたとかいう話が出てくる。
いや、そんな極端な時点での話ではなくてさ、現時点では c ,s, t, bらはどこで何してん? 

このような疑問が延々と続くワタクシである。まさか、加速器でビッグバン環境を作って調べているんだ・・・とかいうのけ? 

というわけで、世の中に存在しないハドロンを人工的に作ってなにやら調べているってのはなんとなく分かるのだけど、それってなに? って思う。
基礎科学ってクソ科学ではないのか。

巨大な加速器を作る計画が90年代に米国でコケたのは知っているが、そのカネは別の分野の研究費用とまわつてよかったろうよ、とボクは思うもんね。

てなわけで、素粒子論の入門書を読むとワケワカラン。(笑)

posted by toinohni at 11:23| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

素粒子論はワケワカメ 理研はわかめ

ビッグバン直後は素粒子は質量ゼロであった。光速で飛び交っていた。膨張によりヒッグス機構が働きだして素粒子は質量を得た・・・・テキトーな。こんな感じで書いてあったと思うだけ。
ゲージ場の対称性を維持するためにはWボソンは質量ゼロである。だが質量は観測されている。対称性を守りつつ、質量を与えるには・・・・ヒッグス機構がひねり出された・・・らしい。

だが、ちょっと待て。ビッグバン直後のレプトン。電子、μ粒子、τ粒子が質量なしで光速でびゅんびゅん飛び交っている時にだよ、ヒッグス機構の管理統括者はどのようにして3つを区別できたのだ。3つを区別出来たからこそ、それぞれに異なる質量を与える事ができたのだろ。
このヒッグス機構の管理統括者はどのようにしてレプトン3つを見分けたのか?  電荷は同じだ。どうよ、こら、管理統括者!!  出てこおおーーーーい!!

入門書を読んでいると、果たして神は左利きか、なんて表現が出てくる。昔、弱い相互作用で対称性が破れているという実験結果を知った時にデブのパウリは、神が若干の左利きであるなんて信じられない、と言ったそうだ。当時は対称性が厳密に成り立っていると信じられていたのである。

ワイもそういうの真似てヒッグス機構の管理統括者と言うてみた(笑) 素粒子の標準理論でも素粒子の質量がどうしてそういう値になっているのかは分からないそうだ。

μ粒子は電子の質量の200倍、τ粒子は電子の質量の2000倍ぐらいで陽子より重いレプトン(軽粒子)である。

だが、ワイは想像と妄想を楽しむ。もはや、こういう理論を理解しようという高望みは放棄だ、部屋を掃除するのは箒だ、ほうき、だ、いや、電気掃除機だ。なんですとぉ・・・!!

ヒッグス機構の管理統括者はドンブリ勘定が好きなのだ(オレもだ)。なので3つのレプトンを区別してそれぞれに3つの質量を与えたのではない。先ずは、わしっといくらかに質量を与えた。次に わしっとテキトーにつかんで違う質量を与えた。そういう操作を3回したのだ。それだけだ。
丼勘定だから具体的な分量は決めてない。たまたま、それやったときのヒッグス機構の管理責任者の気分次第で決まったのである。

そもそも量子力学ではものごとはピシッとは決まらないのである。いわば、丼勘定の変種なのである。だから、素粒子の質量を決めるのに厳密性は考えなくてもいいのである。
当時の管理統括者の気分で決まった!!   これが解答である。どうだ、わっはっは。

えー、ワガハイの本日の想像と妄想を楽しむ時間を終わりますm(__)m

posted by toinohni at 08:30| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月19日

素粒子論というものがあってな なあぁにいぃ・・・見つけちまったな!

入門書を数冊よんだで。それで素粒子論が理解できました、なんて言うやつはおらんやろ。おったらアホじゃ(笑) 時代の天才連中が数十年かけて築いた理論を入門書数冊よんで理解できてたまるかってんでー、ボケー!!   なーーんてね。

分からないことは色々あるので一つ二つメモ。不確定性原理というものがある。これもなあ、ハイゼンベルクの不確定性原理の説明の際に粒子を測定するためには光を当てねばならない、光を当てると対象の粒子は飛んでく・・・とかの話があると、それは不確定性原理発見のトリガーの話であって不確定性原理ってそういうものではないから・・・・とツッコミ入れたくなる。
で、素粒子論の入門書で使われるのは次の式。

Δt・ΔE ≧ℏ/2    というもの。

時間とエネルギーがこういう関係になるんだって。へー。

湯川が中間子の質量を見積もる際にも使われたという話だ。エネルギーがべらぼーに高い状態でも時間がちょ~・ちょ~短いのであれば許される、と解釈する。

おかげでハドロンの中には寿命が10^-23 というものも出てくる。10^-23 sec ですぜ。これはもう一瞬とも言えぬ。そのハドロンが光の速度で運動するとしても10^-23 secで進める距離は陽子サイズぐらいだぞ。そんなの観測できるわけないがな!! 
そう、観測できない。なので間接的に観測するという事になる。だが、その前に不確定性原理ってそういう解釈ができるのか、とワイはちょ~・ビックリ。

エネルギーがどんなに高くても、ちょ~・ちょ~・短い時間なら存在が許される、ってボクは強引すぎる解釈だと思います、せんせー。強引だろ、これ。なー。

素粒子論は場の量子論とゲージ場の理論を基礎理論とするのであります、キリッ)  なんてのもある。そのゲージ場の理論によると、ゲージ対称性が素粒子のWボソンに要求されるのだが、Wボソンの質量はゼロでなければならない。ゲージ場の理論によるとWボソンの質量はゼロでなければならない。なのに質量があるようにみえる。ゲージ対称性が守られていないじゃーん!! 
そこで、質量かゼロであってゲージ対称性が守られる形式でありながら、同時にWボソンが質量を持つ仕組みが必要になった。ヒッグス機構とかヒッグス粒子とかの話になってくるぞ。
ここら以前に、ワイはとっくにワケワカメ状態になっておるおる(笑)

ハドロンのエネルギーがべらぼうに高い状態も寿命がちょ~・ちょ~短い間であれば許される、ってのも嘘っぱち状態のように思える。不確定性原理をそう解釈するってのが、強引すぎると感ずるワタクシである。
ゲージ場の理論でゲージ対称性が守られるためにはゲージ粒子は質量がゼロでなければならない。・。・。・。・ 光子は質量ゼロでいいのだけどWボソンはどないすんの、観測したら質量がデカイすであるのよ、どないすんだーーー!!   そこで質量はゼロでありゲージ対称性は守られるが同時に質量を持っているように見える仕組みとしてヒッグス機構がある・・・・なんて話、ちょ~・嘘っぱちすぎる感じがするワタクシである。

素粒子論でなくても朕は分からぬことは多々ある。量子力学でのベルの定理。入門書でも取り上げられていて、著者としてはわかりやすく書いているのだろうけど、麻呂には理解できぬ。ごめんね、バカすぎて(笑)

そういうわけで、こういう本を読んで理解できた!!  って思う連中は・・・いないと思うけど、いたとしたら天才か単なるホラ吹きか、いずれかであると拙者は考える。まあ天才は世の中に少ないとは言え、一定数はいるらしいからなあ。だが、ほとんどはホラ吹きだろう。
そして、中にはソレガシのように正直にわかんないもん、って言う心が素直で善良なる市民もおるおるおーーるずなんですねぇ。

で、一つ苦情。こういう入門書は縦書きが多いが出版社はぜひとも横書きにしてくれたまへ。数字を表現する時に縦書きでは読むのが面倒なのだよ。専門用語で英単語が出る場合も縦書きでは個々の英記号を90度右回りに回転して縦に並べるという苦肉の策を施しているが、横書きにすれば解消するのだ。

ついでにいうと、縦書きである限りオレは買わない。バーーーカ!!
(聞いた話では横書きにすると本が売れないという先入観・恐怖心が出版社にあるらしい。だが、横書きにしないかぎり、オレは買わんぞ、バカタレ!! )

posted by toinohni at 14:16| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月17日

量子物理学の発見 レーダーマン・文藝春秋2016 なんですとぉ・・

ボクは素粒子論や宇宙論などの入門書、一般向けの解説書が好きだが、数冊・数十冊と読んで理解が出来ない。理解は出来ないが、あの本にもこの本にも、同じ事が書いてある・・・というような発見はある。この同じような事がいくつかの本に書かれている、という発見はボクにとっては発見である。
これは原理的には機械学習に属すると感ずるのである。極論すれば、どの本にも同じことが書いてある・・・という事を知るというのは機械学習に通ずる。書いてないことはボクのオツムの論外である。ここらも極論で説明すると、将棋の機械学習を例にしよう。
将棋の歩は後ろに進めない、斜めにも進めない・・・という事をAIは学習する・・・・わけではない。機械学習の際に何十万以上の棋譜で歩が後ろに動くことは一つもない、斜めに動くことも一つもない。だから、AI将棋は歩を斜めに動かすことも後ろに動かすこともない。人は、AI・機械学習によって、歩は動ける範囲を学習した、理解したと言うのは間違いだ。
つまり、機械学習・AIは人が学習して、これこれはこうなんだ、と理解する事を実現するものではない。単に歩が斜めに動くことも後ろに動くことも機械学習の過程で一つもなかったから、そうしないだけである。ここは人がいくつかの例から規則をすくいだして理解するという脳の作業とは異なるのである。

というような話と上のような入門書をボクが読むことに何の関連があるのか。あるのである。アタマのいい連中はともかく、ボクのようなボンクラであると、こういう入門書をたくさん読んで、なんだか同じようなことばかり書いてあるなあ。。。。と感ずる。先ずは、そこがヒントになる取っ掛かりになり、だ。
たくさん読むという事は機械学習に相当する。そして、その中から何らかの共通項を見出して、これはこういうことか・・・と考え出す、そこが現在の機械学習・AIの仕組みとは異なる。ワシのちょう頭脳・IQ88の素晴らしい脳ミソは筋肉脳ではないのだ、どーよ。なにがよ。

というどうでもいい話はともかくだね。この手の本は発想を刺激する、いろいろ考える。そういうところに価値がある。バカではないので、この手の本を中高生が教科書を読むようになぞることはしない。バカはなぞることも出来ないので、バカは言い過ぎか。

というわけだが、ボクはレーダーマンの「詩人のための量子力学」を数年前に読んでおるのであるある。この著者は実験物理学者であり、素粒子のいくつかを発見したし、ノーベル賞受賞者でもある。そして、ボクが感心するのは一線を退いた後に啓蒙書を書く、一般大衆に物理学者が何をしているのかを説明する、そういう仕事をしている、尊敬するね。
昔、国内では朝永振一郎が著書多く、一般に量子力学を普及する努力を続けていたと思う。ノーベル物理学賞受賞者が一般向けに本を書く。。。。 それは単なるサイエンスライターが書くほんとは・・・・なにか違う。 典型が竹内薫だ。竹内薫は入門書をたくさん書いている。ボクは竹内薫の本を10冊以上持っているぞ。だって、読みやすいんだもの・・・・

というわけで、前フリを終わりまして本題に入りますね。一応、今日は暑いので缶ビール飲んだ後、紹興酒を飲みながら、吉本新喜劇の古いの見ている・・見ながら書いているわけだが。

そう、肝心の話をする。

素粒子論は標準理論というのがあって、素粒子の分類表をみれば、あれれ、素粒子って大杉ではないかって思うぐらいある。
基本的な粒子は少ないほうがいいがな・・・という人類の願望は否定されました(笑)
ただ、そこは問題ではない。

ボクが、わけわからん、のは質量に関する話だ。2012年にヒッグス粒子が発見された。素粒子の標準理論では最後の粒子・・・になると思っていた。だが、なにか変だ。
そもそも質量とは何か?  そこがボクは分かっていない。慣性質量と重力質量がある・・・という話ではなくてな。
例としては陽子の質量。それは実験で分かっている。陽子はクォーク3個で構成される。u u dだ。すると一個のクォークはだいたい陽子の1/3であろうと想像する・・・ ところが、そうではない。
クォークの質量を u,d で表すとして、u + u + d << mp(陽子の質量)

つまり、クォークの質量3個を足しても陽子の質量にはならないのだ。。。。なんでだ。。。

知るかよ、バカタレ!    なんだが、ここで、質量ってなんだろなという話が出てくる。
陽子内では u u dが暴れている。運動エネルギーがある。さらにグルーオン場の中である。グルーオンの場のエネルギーもある。そういうエネルギーが陽子の質量に貢献している・・・と考えるワタクシである。

ところが、こういう質量とは異質の、次元の違う質量があるらしいのだ・・・

ここらがボクはまったく理解できない。そもそもヒッグス場の前に素粒子論は場の量子論とゲージ場の理論が基礎理論である、と説明する人がいる。
そのゲージ場の理論ではクォークは質量はゼロだ、というのが初期値であるとかいう。さの質量がゼロの段階から質量を得る過程があって、ヒッグス機構とかヒッグス粒子とか出てくる。ボクはワケワカメである。リケンのわかめはうまい。

つまり、ボクは何もわかっていない。質量とはなにか。エネルギーが質量に転化する可能性はある。衝突実験でハドロンが生成されるのはエネルギーが質量に転化した成分があるだろう。
だが、質量って何か?   うーーむ。

これはボクが思うに、質量の定義がないままに議論を進めた結果ではないのか。

なんちてね。

こういう入門書を読んでいるとね、早いとこ専門書に達するレベルになりたいなと思う。だが、地道に勉強するってできないのな。こういうのは、やはり大学の大学院で地道に勉強するってのが一番だろなあ。
学部レベルではないからなあ・ろ・・・・・・ よーし、カネがかからない大学院を探すか・・・・ 入学試験で断られたりして (笑)

posted by toinohni at 16:36| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月15日

素粒子の統一理論に向かって 西島和彦 岩波1995

1995年頃、オレは貧乏・金無しではなかったのである。本はたくさん買った。本代が月に数万円・・・その結果、本棚はすぐに埋まり。引っ越しの際にはたくさんの本を捨てたのであった。

で、この本は非常によい。薄い本である。親切な解説書というものではなく素粒子論の概要をうまく説明している。数式はほとんどない。
著者は中野・西島・ゲルマンの法則で知られる。「クォーク2」南部陽一郎・講談社BB でも紹介されていた。
Amazon レビューがないのが不思議である。まあ専門書ではないけどね。

量子色力学が登場する当たりの背景については分かったぞ、オレっ。。 QCDってやつね。

だが、用語としては知らない、理解していないものがいくつかでてきて、その場合はワガハイはGoogle検索10段(自称)のチカラを発揮するのであった。(笑)
束縛状態、共鳴状態。時に共鳴状態は実にわかりにくい。というかワイは理解してないもんね。衝突実験ではドロンが生成される際の説明でも共鳴がでてきた(別の本だと思うが)。
他に内部自由度というのもわかりにくい。電子のスピンが例として良いかも知れないが、なんで点である電子に内部自由度があるのか?  ほんとは点じゃないからだろうなあ。

素粒子について入門書をいくつか読んで次のようなことが書かれていたので列挙する。

レオン・レーダーマン ----  素粒子は真空の泡立ちである
佐藤文隆                    ----  場の振動モードを粒子と言いくるめる場の量子論
吉田伸夫 ----   素粒子は粒子ではない
西島和彦                    ----   素粒子は場の量子である
ワガハイ ----  素粒子は妄想・幻想である(笑)

素粒子論は場の量子論とゲージ場の理論を基礎理論とする、と言われる。ところが、場の量子論は一時期たいへん不信感があったのである。そりゃ無限大がでてくるような理論が信用できるか。だが朝永振一郎らが繰り込みを発明して発散を避けることが出来た。避けたのであって理論を修正して解決したのではない。そこに不信感は残ったのだろうと想像する。昔の話な。1950 - 60年代とか。
というわけで、ゲージ場の理論の入門書、一般向けの本でも探すか。これについてはまったくしらんもんね、わし。電磁気学から発祥したとか言うとるけど。
そうそう、電磁気学も復習というか、学び直しが必要だわな。ボクが学生の頃の教科書はベクトルポテンシャルはおまけって感じだったが、電磁気の本質はベクトルポテンシャルらしい。測定できるのが電場・磁場なので工学部卒のワタクシは昔の電磁気学しか知らんのである。なむぅ。

ところで、室温が30度である。エアコンないの。それでも暑くない。昨日まで32℃超えていたからなあ、この時間の室温は。2℃の差は大きいね。熱中症にならないように水分・塩分補給してだな、今は体力があるからいいが70,80歳になったらエアコン必須だろう。
明日から年金を貯金してエアコンを買う準備だ(笑)

posted by toinohni at 08:48| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月13日

素粒子論の入門書はゲームである・・・なあぁにいぃ・・・

いや、要するにワイはワケワカメが大杉!!  ヤクルトにいたなあ、大杉!!  

  突然、何の説明もなく、これらはハドロンの共鳴として観測される、と書いてある。なによ、共鳴ってのはよ。
空間の一点に内部自由度があると考える・・・とか言う。何よ、そういう考え方は? 

ようするに、何の説明もなくイキナリ出てくる。空間の一点に内部自由度がある、という考え方を先ずは説明したまへよ、バカタレ。
ワイが知っているこのての自由度は電子のスピンだがね。水素原子のスペクトルが一本であると思われていてのに、観測技術が改善されて実は2本であるとわかった。これを説明するために電子のスピンという考えが出てきたのだが、水素原子はシュレディンガーの理論では主量子数n, 方位量子数 l , 磁気量子数 m で表現できるのだが、それだけではスペクトルが2本(かなり接近している)を説明できない。デブのパウリはもう一つパラメータが必要だとしてスピン行列なるものを工夫したのだった。だが、スピンは字句通りの自転ではない。パウリはもう一つパラメータが必要だと勘付いたのだが、それを理論的に導き出すことはできなかった。
電子のスピンを理論が自然に導き出したのは天才・ディラックである。相対論的量子力学は電子のスピンを自然に導き出しただけでなく、電子に対する半電子として、これは後に物質・反物質の考え方になるのだが、陽電子を予言した。
それはともかく、電子のスピンを電子が持つ内部自由度と表現する。電子は点粒子として扱う。点に内部構造はない。だが、内部自由度という考え方が出てくる。ここらから、ワシはワケワカメになる。

点は数学的な点の場合、位置の情報である。と、考えるとドンづまル。想像力が豊かな物理学者は点というのだが数学的な点とは考えない。ボンクラのワガハイは数学的な点ではない点ってなんだろなと悩む。悩んで便秘になって困る。どーよ。なにがよ。

この内部自由度って ものすごく便利な考え方だなーー と思う。点なのに内部自由度がある。

これってSFよりも奇妙奇天烈ですぜ。自然は我々が知覚できる世界と、知覚できない裏世界があってな。この裏世界と我々の世界とのインターフェースが点なのである。その点から裏社会の物理学者が都合のいい素材がにじみ出てくるのである(笑)
それだったら、物理学者の都合のいいものは点を介して裏世界から染み出してくるって考えるとスッキリするで アホタレ。

多次元なども簡単だ。点を介して裏世界から物理学者の都合のいいものが染み出してくるのである、アホタレ。
裏世界にはな、なんでもあるんですぜ(笑) 宇宙だってたくさんあるんですぜ、その裏世界にはな。

物理学者が点に内部自由度を考える・・・・それって裏世界とのつながりなんですぜ(笑)

都合の良いものは裏世界から湧いてくるんですぜ。

というような妄想をワタクシは持つ。物理の理論ってのはそういう妄想の世界だと思っている。その中で一部が現実世界の日常の経験則に合致するので物理学は一応は信用されているとワイは考えておる。全面的に信用してるわけではない。それが妥当であり、普通の考えだと思っているが、バカは教科書を盲信するからなあ。だって、バカだから(笑)

posted by toinohni at 15:52| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月09日

素粒子論の入門をいくつかよんで 大いに勘違いしていたワタクシ

「クォーク2」 南部陽一郎・講談社BB 1998年頃
「素粒子の統一理論を求めて」西島和彦・岩波 1990年代半ば
「現代の物質観とアインシュタインの夢」益川敏英・岩波 1990年代半ば

他にも入門書はいくつ読んだが略だ。

素粒子の標準理論は1980年頃にできた。その後の数十年で発展して今では、素粒子の標準理論と言われる。それに依ると素粒子の分類は次のとおりである。
(1) クォーク・レプトン 物質を構成する素粒子である
(2) グルーオン、Wボソン、Zボソン、光子 チカラを媒介する素粒子である
(3) ヒッグス粒子・・・補助場、ヒッグス機構 ここらがわけわからんの

詳細は略するが僕が勘違いしていたのはこういうことだ。
原子はu,d, eの3つの素粒子で構成される。原子核は陽子と中性子で。陽子はuud, 中性子はudd。

ところが素粒子の分類表でクォークは u,d,c,s,t,b と6種類ある。ついでにレプトンも e, μ、τとそれぞれのニュートリノがあって6種類ある。
では、原子構造に寄与しないクォーク c,s,t,bやレプトンのμ、τは何の役割があるのか。それよりも、こいつらはどこにおる? 自然界に存在するものなのか?  という疑問が生じた。

そもそも、クォークが導入されたのは1950年代から60年代にかけて加速器が稼働して、大量の新粒子が発見され、それらはハドロンと呼ばれるが、大量のハドロンは複合粒子であると考えてクォークを基本粒子として仮定して説明するために生まれたアイデアである。
突然、クォーク仮説がでてきたのではなく、ゲルマンの八道論、坂田模型などが出て。物理学者が四苦八苦した後に、坂田模型のp , n, Λ を u, d, s と置き換えるという提案が出た。ゲルマンやツヴァイクの提案である。そこでクォークの電荷が分数になり、当時は怪しい理論であるとおもわれた。
電荷が分数の粒子は検出されたことがかないのである。

まあ、ここらは素粒子の発展経緯の話なので入門書に書いてある。僕が考えたことは次のことである。
ハドロン。バリオンとメソンに分類される。そのハドロンの寿命はちょ~短い。10のマイナス15乗とか10のマイナス23乗とかも出てくる。
これらは加速器で実験的に作り出されたものである。自然界に存在するものではない、とワイは考えた。
実験機で10のマイナス15乗とかの ちょ~短い寿命のハドロンを説明するために、クォークというものが考え出された。違和感がある。自然界に存在しないものを説明するために、仮想的な素粒子を仮定しているだけではないか。
ワイのこの考えはクォーク仮説が出た頃の、ゲルマン等の考えと共通する。当侍者のゲルマンもクォークが実在する粒子であるとは考えなかった。ハドロンを説明するための数学的記号である、と見ていた。
ところが実験物理学者はガンバり。陽子に電子をぶつける実験から陽子内部にマイナスの電荷の何かがあることがわかった。陽子は+1の電荷であるが内部にマイナスの電荷がある。ということは、プラスの電荷の何かがあって全体として+1の電荷である。そこらの実験から陽子に内部構造があることが確実になり、uud で構成されると理解された。

つまり、僕が考えたように実験室で人工的にハドロンを作る。寿命は10のマイナス15乗とかのオーダーである。そんなの、自然界にない・・・とワガハイは考えたわけだが、ちよっと待てよとも考えた。

加速器による高エネルギー粒子の衝突実験は、日常にある素粒子の探索を目的にしているのではなくて、高エネルギー状態ではどのような粒子が活躍するのか?  ってことを調べているように思える。
ようするに、高エネルギーの世界。。。。。日常にはない。

ここから、加速器実験は宇宙論と関わってくる。ビッグバンの高エネルギー状態の物理を調べる・・・という感じか。
ワシはたんに新たな素粒子を探す実験をしていると思った。つまり、1950-60年代のレベルだ。だが、違う。
ワシの想像の範囲を超えて現実の研究は進んでいる。ただ、ワガハイのようなボンクラに分かるような説明を一線級の物理学者はしない。そんな時間があるかよ、バカタレ。
だったら、引退した元・研究者が本を書け。場合に寄ってはオレも買うぞ。

というわけで、素粒子分野の研究者は宇宙の問題の一つを研究しているらしい。朕が入門書をいくつか読んで達した結論である。
素粒子論の研究者は宇宙論の一部を研究している。もはや原子核がーー、とか陽子があぁーーとかのレベルではないのである。

このような認識を持って素粒子論の入門書を読み返すと何か新たに得るものがあるであろう。

良い本は何度も読み返す。自分の知識が広がってから読み返すと新たな発見がある。

読書百遍 意自ずから通ず・・・・ だっけ。それ100回読めという意味ではないから(笑)

posted by toinohni at 18:12| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月07日

素粒子論の話はワケワカメ 入門書だけどね

素粒子論の基礎理論は 場の量子論とゲージ場の理論である、キリッ) 

  あー、そうなんですか。

クォークは50年代に大量に発見された新粒子(ハドロン)を説明するために生まれた。素粒子の標準模型なるものが80年ごろにできて、その後の発展もあってか今では素粒子の標準理論と言う。
素粒子は3つに分類される。
クォークやレプトン・・・・物質を構成する。
グルーオン、Wボソン、Zボソン、光子・・・・力を媒介する
ヒッグス粒子・ヒッグス機構 ・・・ 補助場である。

最後のヒッグス粒子がワケワカメだが2012年に欧州の研究施設で発見されたとか。これがな、入門書でもなんとなくだが、ワイはわからんのである。
そもそもゲージ場の理論ではクォークは質量を持たない、とかいう。それは困るので質量を獲得する仕組みとしてビッグス機構が考えられヒッグス粒子が考えられ・・・
という事は、素粒子論の基礎理論の一つであるゲージ場の理論を知らないことにはどうしようもない。
素粒子の分類表を見てクォークの種類を知り、レプトンの種類をしり、ああたくさんあるんだね、ってところで終わりとするのがちょうど良いかも知れないぞ(笑)

なんでこうなるん? って興味があったらな、そりゃ子供だったら物理学科へ進みたまへよ。好きなだけ勉強できるぜ・・・たぶん。
高齢者だったらな。。。。 面倒だし酒のんでドラマ見て暮らすのが楽でいいなあ(笑)

ただ、わかったこともあるので少しでも理解したという気分になるとうれしー。実はクォークなど世の中にはないのだよ、あれはインチキだ (笑) と言いたくなる。原子は原子核と電子で構成され、原子核は陽子と中性子で構成される。陽子はクォーク uud, 中性子はクォーク udd とそれぞれ3つのクォークで構成される。すると、u,d,e の3つで足りる。他のクォークやレプトンはどこにいるんじゃー、でてこーーーいバカタレ。
u,d,c,s,t,b のうちu,d があれば足りる。レプトンは e, μ, τ のうちe だけで足りる。なんでいらんもんがたくさんあるんじゃー。こいつらどこにいるんじゃーーー。
どこにいるか?  実験装置の中で人工的に作り出される時に10のマイナス15乗とかの寿命でハドロンが生成されるが、そのハドロンはクォークの複合体であるよってに、10のマイナス15乗の時間だけ 存在するのである。 なにをー、そんなの人工的に作っているだけじゃないか、自然のどこにあるのかよ、と聞いておるのだ、バカタレ!!

  u,d を除くクォークはどこにいるんじゃー・・・・となると実験装置の中に一瞬だけいる。自然界にはいないかも知れない。
もちろん、実験装置と同じエネルギー環境が自然界にあれば生成されるだろう。なので日常ではどこかにいるかと問われたら、どこにもいない、とワイは思うのである。
ここらが以前からいまいち分からんのであった。ようするに人工的にハドロンを作り出して物理学者は何を知りたいのか?  そこだな。まあワイは何も知りたくないのだが、物理学者は好奇心のカタマリだろからあ。

というわけで、宇宙論が登場する。宇宙論と素粒子は密接に結びつく・・・らしい。天体の運動と素粒子が直接結びつくわけではない。ビッグバーーーアンとかの話になると素粒子が出てくる。

ここらになると定性的な話ばかりだが、そりゃ入門書だし。
宇宙はバリオンが4%。96%は正体不明のダークマター、ダークエネルギーが占める。バリオンって普通の物質という意味でね。
20年ぐらい前に読んだ宇宙論の入門書ではダークマターは素粒子論から解答が出てくるであろうと楽観視していた。まだ解答がでとらーーーーん!!  責任者出てこおぉーーーい!!
ニュートリノが候補になったが落第した(笑)
まあ簡単に言うと素粒子の標準理論ができて完成でもうわからないことはない、というレベルではないらしい。わからないことはたくさんある、それが現実である・・・・らしい。
そんな話を聞いてもな、こっちはゲージ場の理論というものが まるでわからない のであるからね。

これはあれだな。例えばレオン・レーダーマンが「詩人のための量子力学」という一般向けの本を書いている。ブライアン・グリーンが「エレガントな宇宙」という一般向けの本を書いている。国内では昔は朝永振一郎が一般向けにせっせと本を書いた。
一線級の研究者が現役を退いてからこの手の本を書いてくれたまへと願う次第である。
そういう本は読むと印象深いのだ。単なるサイエンスライターが書いた本とは趣がちがうのである。ほんと、これ。えーと、本と だけに ほんと ・・・・ しーーん。

ただ、さっこんは本が売れない時代らしいからなあ。出版社がんば!!  一般向けのまともな本がたくさん出てきて欲しいと思いますよ・・・・買わないけど・・・こらこら。

貧乏・金無しのワガハイは図書館大好きなのである。ただ、最近は図書館も長居はするなという取る。新コロ感染対策である。エアコンのないワシは真夏は図書館で涼みながら読書をするというのが普通であった。今年は図書館に長くはいるなと、公民館も同じく。しゃーないのでエアコンのない自室で30℃を超える中、読書をしたりPCでプログラムいじったりするのだが、あまりに暑いとスーパーやコンビニに涼みに行く。店内を10周ぐらいうろうろして体を冷やしてから、缶ビール買って帰り、ちびりちびりごっくんしながらPCいじる。ドラム見る。本を読む。うーーむ。
エアコン欲しいがカネがない上に電気代も払いたくないである(笑)
近所のニャンコを見ると、やつらは涼しい場所を探して寝そべっているのだが、知恵だよな、ニャンコの知恵。ワイも涼しいところを探して・・・・ 公園でシート敷いて寝ていたら・・・・通報されるな、きっと。

というわけで、熱中症アラートが出たりしてまして、新コロに注意、熱中症に注意。さらにはたまにやってくる台風、大雨、地震など自然災害にも注意。注意するのが好きなワタクシである。

なむぅなむぅ。

posted by toinohni at 08:01| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月29日

物理の入門書、一般向けの本などを読んで感じた事 なあぁにいぃ・・なんだよぉ

物理の理論は古典物理と量子論で分ける。古典物理はアインシュタインの一般相対論までだ。

という分類は単に量子論と古典物理を分けるだけであり、古典物理が古臭くて使えないという意味合いはまったくない。

だが、こういう分類はまあ僕としてはこだわる程のものではないという気はするのだが、何か違和感がある。
量子力学は1925,26年にハイゼンベルクやシュレディンガーが理論を作ったのだが、それは特殊相対論の要請を満たしていない。つまり、難しく言うとローレンツ共変ではない。なので粒子の速度が光速に比べて遅い場合には適用可能である。素粒子のような分野では使えない。
そうであるので量子力学も古典物理なのではないか、と昔、ワテは思った。まあ分類は厳密なものではないのだが。

そもそも量子力学は光速に近い粒子を扱えない。。。と言う時点で、力学という体系を有するのか。それこそが古い理論であろう。
そうなると、分類はディラックの相対論的量子力学以降のパウリ・ハイゼンベルクらの場の量子論が古典物理と一線を画するってものだろう。
量子力学はグレーゾーンにある。

朝永振一郎「量子力学と私」では、特殊相対論の要請を満たす方程式としてアロカ方程式というものが、用語としてでてきた。内容は知らんもんね。
マクスウェル方程式、アロカ方程式、ディラック方程式とローレンツ共変であるのである。

というわけで、僕は量子力学はグレーゾーンであって、ボーアの水素原子モデルがパッチワークであるという見方と同様にイマイチなのである。テキトーな。

そんで、最近はハイゼンベルクの不確定原理ってものを再学習、ただし、入門書で。

「不確定性原理」都筑何とか・・・・ 講談社BBが本棚にあったので再読してびっくり。
なんだ、この本は?   都筑さん、・・・ いや、一般向けの本であり、教科書の副読本でもないのだ。だから、こういう内容なんですね。
⊿t・⊿E = h   
右辺のhはエイチバーだったかも知れないが、問題はそこではない。
普通に教科書では、等号ではなく≧である。 なんで都筑くんは=を使ったのかは知らない。等号と不等号は意味が違う。 = と ≧ は意味が違う。

というわけで、この本は没。ここらをテキトーに書く著者は量子力学の理解が深くはないとワタクシは想像するのである。どっかの大学の先生だったらしいけどね。
まあも素人向けの本だから厳密に書かないでいいわん・・って読者をなめて書いたのかね。もーもー、はらたつのりぃ。巨人の監督は原辰徳。

そういうわけだが、夏なのに気温が上がらぬ。野菜が江東区だ、違う、高騰している。

そういうときは、モヤシ を食うだよ。価格安定、シャキシャキしたモヤシは美味しいでーー。

posted by toinohni at 14:42| 東京 🌁| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする