2020年09月11日

こんなに分かってきた素粒子の世界 京極一樹・技評2008

出版社は技術評論社である。略して技評と書くことにする。文字が大きく視力低下した年寄りには読みやすい。科学モノだが縦書きであり、ワガハイはついバカタレといいたくなるのだが、この技評の本は工夫がなされている。称賛に値する工夫である。
右ページは縦書き、図は主に左ページで横書きである。それでいいのである。まあ全部を初めから横書きにしたまへよ技評は・・・と思うが、こういう工夫があるならば許してやるぞ、どーよ。

ちなみに付録は数式がたくさんあって全部が横書き。こういうの見ると本を初めから横書きでつくれよ、技評くんよ アホタレ とワガハイは悪態をつきたくなるのである。

ここね。講談社BBもそうだけど出版社は横書きにすると本が売れないという信仰があるのだろうなあ(笑)

まあしかし、僕は本は買わないのでどうでもいいが。図書館にあれば図書館から借りる。それは縦書きでも横書きでも文句は言わん。買う場合には書店で流し読みしてから買う。。。ことが多かったが貧乏・金無しになってからは買えん(´・ω・`)

ところで、内容だが。前半は既に知っている話ばかり。後半も既にいくつかの入門書に書いてあるの知ってるもんね。。。だが、ワイが理解していない話が多い。ここね。そういう話は別の本にも書いてある、読んだし。だが、ワイは理解していない、キリッ)  
それはしゃーないのよ。素粒子論は人類の最高の叡智なのであって、素粒子の標準理論が入門書を数冊読んで理解できたらアタマがおかしい人であるよさ(笑)
KM行列というものが出てきた。小林・益川両氏の業績である。2008年のノーベル賞である。この本は2008年初版である。惜しいな、半年ずらせば話題として載ったろうな。うむうむ。

例によってゲージ場の量子は質量を持たず・・・・なんてのもあって。ヒッグス機構があ・・・ヒッグス粒子があぁ・・・ この、があぁ・・・・のところを理解できる連中はワイとは人種が違うと思われ。
対称性が破れて質量を持つようになるとかの記述を見ると、ワガハイとしては対称性が破れているのが普通であり、対称性がある状態が異常なのだよ、とツッコミたくなるんだよよよんんん。
磁石の例で対称性の説明があるでしょが。大抵の本で。あれみると自然は対称性があったり、なくなったりするんだよよよんんん。エネルギーが高いと対称性があって、エネルギーが下がると対称性が崩れるんだよよよんんんん。。。。。。 って感じ。
だって、ビッグバン時のちょ~・高エネルギーの状態では対称性があるって書いていたじょー、どっかの本で。膨張によってエネルギーが下がると対称性が破れて・・・って書いてあったじょーーーー。だとしたら対称性が破れているのが普通であって、対称性がある状態ってのはないんじゃないかよよよおおぉぉぉぉぉぉん!!   とわしはいつも思ってしまう今日このごろ。

まあ物理学者は すきにしなはれ わしは妄想して楽しむことにする なむぅ。

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2020年09月10日

素粒子論とか 入門書だけど

「現代の物質観とアインシュタインの夢」益川敏英・岩波 90年代半ば

湯川が量子力学の不確定性原理を使って中間子の質量を見積もった話がある。その見積もり方は「素粒子の統一理論に向かって」西島和彦・岩波 90年代 にも書いてあった。
チカラの到達距離を原子核サイズに仮定すると中間子の質量は電子の200倍ぐらいになるという話だ。
これを見ていてボクは考えた。チカラの到達距離を仮定して中間子の質量を出したのだが、中間子を粒子と考えて、その粒子の質量をゼロにすればチカラの到達距離は無限大になる。粒子に質量があるとチカラの到達距離は有限になるのだ。中間子はそうなのである。だが、光子は質量がゼロなのでチカラの到達距離は無限大だ。
これはつまり、電磁場だ。到達距離は無限大だ。
ゲージ場の量子は質量がゼロである・・・・ なんとなく強引に結びつけてみたぞ(笑)

ゲージ場の量子は・・・光子が例である。素粒子論ではグルーオンがゲージ場の量子であるという。質量はゼロである。ところが、Wボソンもゲージ場の量子である。質量がゼロではないのである。困ったである。そこで知恵出してヒッグス機構とかヒッグス粒子とか ひねり出したのである。

「対称性から見た物質・素粒子・宇宙」広瀬立成 KBB(講談社ブルーバックス) に詳しい・・・と思うが流し読みしたのであって、よーわからんわい。

ここら理解している連中は物理系出た連中に限定されるであろうと思う次第である。なんでそーなるの?  と考えだしたらワガハイはすぐにどんヅマルのである。
でな、対称性というものがいまいち分かっていないワタクシである。初めの方の空間対称性とか時間対称性とか、三角形を回転したらどーたらこーたら、そういうところは理解できるのだが、その後の数学的な対称性となるとワケワカメ。理研はわかめ。
おまけに自然は対称性がある・・・・と主張しているのかと思っていたら、次々と対称性の自発的な破れなんてのが出てきたである。バカタレ、それだったら対称性が破れているのが普通であって対称性が成り立つ事が異常なんだでや・・・・とツッコミ入れたくなったである。
特に対称性の説明で針を垂直に立てる例など・・・・それ、倒れるのが普通であってバランスとれてずっと立っているってのが異常なんだってばよ(笑)

まー、わいはこんなレベルなのである。まーね、期末試験がある学生ではないので本は好きなように解釈しますわ。えむえむで、なむぅ。。。。

posted by toinohni at 19:46| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月06日

素粒子論 入門書ばかりだが なんですとぉ・・・・

素粒子論は場の量子論とゲージ場の理論を基礎理論とする。場の量子論の創業者はパウリ、ハイゼンベルク、ディラックらだが、こいつらは量子力学の構築にも大貢献している。
では、ゲージ場の創業者は誰か?  入門書を見る限りは誰と特定できないのである。素粒子論で量子色力学、QCDという分野がある。クォークは三世代6種類ではなく三世代18種類だ。三世代6種類のクォークはそれぞれが3つに区別できるのである。その量子色力学の創業者は誰か?  入門書を読み限りは誰という特定の物理学者がいないのである。
ゲージ場の理論、量子色力学などは創業者がたくさんいて誰だれがーーーという話にならないようだ。
ゲージ場の話の前に対称性の話が必ずある(入門書ね)。ゲージ場は対称性があるらしい。だが、ゲージ場ってなによ?   砂場とか、遊び場とかの場と同じか?  
重力場、電磁場はゲージ場である。ゲージ対称性がある。電荷の保存はゲージ対称性があるからこそ、なんですよよよよよよんん。って言う。
そして、ゲージ場の量子は・・・電磁場の場合は光子である。重力場の場合は重力子であるが、未発見である。そこらまでだとワイは何の疑問もなく、ああそういうものですのね、と思うわけである。
ところが、素粒子の話になると、なんどすとぉぉぉぉ!!   となる。
グルーオンはゲージ場の量子である・・・らしい。ワイは入門書から得た知識なのでワイが断定的に書いても読者は脳内変換して ・・・であるらしい、と補って読むべしである。
グルーオンはゲージ場の量子である。よってチカラの到達距離は無限大であり、質量はゼロである。。。 なんどすてぉ・・・・。グルーオンってハドロン内部だけにあるのだろ、チカラの到達距離が無限大ってどういうことなん?   ある原子の核内の陽子の中のグルーオンが10kmぐらい離れたところにある原子内の核内のグルーオンまでチカラが届くというのか、ちみぃは!!  何をいうとるんだ、いみちいは・・・ ワシはワケワカメである。
だって、質量がゼロの量子はチカラの到達距離は無限大って書いてあるしい(´・ω・`)

さらに疑問は続く。弱い相互作用で出てくるWボソンはゲージ場の量子であるが質量がデカイ。ゲージ場の量子のくせに質量があるでばらん!!  なんでや。質量はゼロのはずでは? 
こうなると、ワケワカメだ。
測定でWボソンは質量があるのだから初めからWボソンの質量は想定すればいいがなや・・・・と思う。ところが、そうすると繰り込みが不可能になりゲージ対称性が成り立たないというのである。 何をいうとるんだ、ちみぃは・・・ ワケワカメである。
こいつらの考えでは、まずゲージ対称性が成り立つとする。さらに繰り込みが可能である理論でなければならないと制限がつく。
だけどWボソンは質量があるのでして・・・・
というときに、都合のいい考えが出てくる。もともとはWボソンは質量ゼロであり対称性が守られていた。・・・・ ほーーー。 それが破れた。。。 なんで? 
ここらの話になると、まるでつじつま合わせの連続のように感じる。もともとは質量がゼロであり対称性が成り立っている。そこに質量を与える仕組みを考えた。ヒッグス機構である。ヒッグス粒子が出てくる。
まてまて、なんだか都合が良すぎないか・・・ で、10^-18ぐらいの範囲ではWボソンは質量がゼロである。理論通りである。それが10^-15ぐらいの距離では質量を持つ。ヒッグス機構によるのである。
うーーむ。
まあこういう話ばかり聞くとね、都合が良すぎるって感じるわけだ。

とはいうものの、それは入門書であるから専門的な解説はできないというか、しないのであろう。例えば、ゲージ対称性を考慮するとゲージ場の量子は質量がゼロになるのだが、その理由を説明するのはこの本の範囲を超える、と書いている著者もいるのである。

まあ入門書の限界はここらであろう。数式が一行出てくると読者が1万人は減るという話も聞いた気がするからなあ。

とりあえず、この手の入門書を読んで同じことがどの本でも書かれているので次のようなものが物理の法則が持つべき特徴である、と知った・・・・ことにする。
・ローレンツ共変である。ローレンツ不変性が成り立つ。特殊相対論の要請を満たす
(これらは同じ意味である)
・ゲージ不変性がある これがゲージ場の理論という耳慣れない(ボクにとっては)用語なのだ
・繰り込み可能である

ところで重力場はゲージ場であるが、一般相対論は繰り込み可能ではない。量子論と相対論が融合できない原因はここにあると「エレガントな宇宙」でグリーン先生が言うとりました。グリーン先生は「超ひも理論」の専門家である。ひも って女に寄生する例のクズ男な(笑) 違うわい、バカタレ。

とはいうものの、対称性が破れるからこそ、われわれは存在しているのであるよ。磁石の例がよく出てくるけど、磁石は対称性がなくなっているんだよ。対称性があったら磁石にならんのでね。
氷も対称性が失われているから、こそ。
そうなるとゲージ対称性って守られるべきものなのか、破れてもいいんじゃないのか、かえって破れるほうが都合がいいのではないかって ワガハイは妄想するである。
この手の入門書は読んで勉強するためのものではない。読んで想像して妄想して楽しむための本であるぞ。まあワイは学生ではないので期末テストで合格して単位とるぞ・・・という立場でもないし。ドッヒーといるような妄想をしたい!!    

なむぅ・・・・である。

posted by toinohni at 08:16| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月04日

原子核物理 入門書ですかね 丸善2017

  横書きである。化学反応式など見やすいのでいいである。

そういうわけで、感動したのである。ワガハイは星屑なのである。ワガハイは星屑から出来たのである。なむぅ・・・・
そんなこというと、ワガハイは宇宙の中心である・・・のではなくて、宇宙は中心とか周辺とかの特別な場所はないという意味で考えるとビッグバンはワガハイのいる場所で起きたとも言えるし、アンドロメダあたりで起きたとも言えるし、宇宙のいたる所がビッグバン時点では同じ空間だったようだ・・・かもしれないらしいのであり、ワガハイこそが宇宙の中心なのである。違うのである。

あれ、ワガハイが星屑から出来たとすると、ちみぃらも?  ひょっとして あんたらも?   なーーんだ、ワシラは星屑だったのかあぁ・・・・ !!
   なんだよ、わしらは ゴミからできたのかよ・・・(´・ω・`)

いや、ゴミとか瓦礫とか言うと格好わるいから星屑ってロマンチックな言葉にしようぜ。

おい、そこの 星屑やろう!!    それって、おれもじゃん(´・ω・`)

すまん、原子核物理について書くの忘れてた(笑)

とりあえず一つだけ。原子核は複数の陽子と複数の中性子で構成される。原子番号が大きい領域では中性子の数が陽子の数よりも多い。陽子の数が増えると陽子間の電磁気的な反発力が大きくなるので、それを中性子の数を増やして核力を増すことでカバーするのである。定性的な説明はそうである。コマケーコター分からんのである。
その他にもいろいろと知る事があったが省略するのである。

9月になっても気温が高いのである。台風が来て気温が下がるってのが普通であるが、ただ台風9号が強烈であって九州北部で被害があって、次の台風10号もまた強烈で九州に向かっているとかいうのである。勢力が衰えて右に曲がって関東に来て涼しくしてくれたまへ・・・って思うのである。 自然はワイの思い通りの動きはしないのである。なむぅ・・・である。

だけど、星屑野郎のワシって・・・素敵!!  

posted by toinohni at 10:31| 東京 ☁| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ナイジェリアでは紛争があるでばらん なにいぃ・・・・

https://www.voanews.com/africa/security-crisis-rural-nigeria-prompts-calls-action

It was dusk on July 24 when Emmanuel Ali said he heard the gunshots. A group of armed men entered his village in Nigeria’s Kaduna state, he said, and began setting fire to homes. 

Ali fled to the bush with his family and then returned to rescue his paralyzed mother, who was trapped inside her burning home.

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  ナイジェリアというか、ボビー・オロゴンを連想。からくりTVで面白かった。今年は家庭内暴力で逮捕されるという事件で話題があった。今、どうなっているのか知らないが出身地のナイジェリアは紛争が…まー、アフリカ諸国全般でそうかも知れないねぅ。紛争が日常茶飯事。

で、Nigeria’s Kaduna state の場所は?  地図ぐらい出してくれよ、VOAの記者さんよ。
image

ナイジェリアの中ほどにある。北東のチャドとの国境沿いでも紛争があるという記事を見た。チャド・カメルーン・ナイジェリアの国境近くで。そこでの紛争と Kuduna stateでの紛争は原因は違うみたいだが。。。たぶん。

The motives for the violence are complex.

Some attackers are bandits, stealing goods. Some are kidnapping people for ransom. There is also an ethnic and religious dimension. In Kaduna state, the Christian population lives mostly in the south and are predominantly farmers, and the Muslims are cattle herders and live in the north. They clash over limited fertile land for grazing and planting.

南部ではキリスト教徒が農場を運営し、北部ではイスラム教徒が家畜業を営み。民族と宗教の違いと肥沃な土地の奪い合いが背景にある・・・らしい。

ナイジェリア政府が軍隊使って平和維持を目指すか。

民族が違う、宗教が違う。産業が違う(一次産業の中でも)。肥沃な土地が必要だ。・・・ これで紛争が起きるならアフリカ諸国は紛争だらけだろよ・・・つーか、紛争は日常茶飯事であるようだが、これはとは別の原因もたるのだろう。

で、最近は新コロ感染の話題が減った。インド、ブラジル、ロシア等での感染拡大があった時は、これらの発展途上国での観覧拡大の次はアフリカだ!!  という声があったのだけどね。

https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-world-map/

南アフリカがアフリカでは傑出している。なんでか知らんぞ。民族?  社会構造? 

それはそれとしてコンゴで象さんが大量死した原因はまだわからんのか。象だけが罹るコレラみたいな病気なんだろと想像するのだけどさ。
豚コレラは豚さんが。鳥インフルは鳥さんが。新コロは人間が。この選択性はどのようにして生ずるのか、医療分野の研究者はとっとと救命してくれたまへやがれなさいまし。

うちの近所に保育園があって、朝方にたまにだが幼児がぐずって泣きわめく。母親が怒っても泣き止まないし。たまにだけど。うるせーのだよ。たまにだけど。オレ、子供嫌い!!

posted by toinohni at 07:57| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

質量の起源 広瀬・講談社BB 1994

この手の本は縦書きは辞めてくれ球へよ、講談社さん!!  頼むよ(笑)

著者はこの分野の入門書をいくつか書いており(講談社BBで)、なかなか初心者向けの説明がうまい人であると感じる次第である。テキトーである。
で、どうやら素粒子論はゲージ場の理論が中核にあるらしい。場の量子論とゲージ場の理論が素粒子論を駆動するのである、どーよ。
そして、対称性がどーたらこーたら書いてあるのだが、空間対称性とか時間対称性とかは置いといてゲージ対称性が主眼である。
で、どうもワイはちんぷんかんぷんである。自然は対称性があるのが普通ではない。ゲージ対称性が守られていたら何も起きず、つまらん世界になる。そこに、自発的対称性の破れというものが生ずる。自発的対称性が破れるのではなくて、対称性が自発的に破れるという意味である。まるで自然が意思をもっているかのようである。
もともとは対称性があったのだよ、ちみぃ。。。。 それが破れた結果、現在のわれわれがいる宇宙ができているんだよ、ちみぃ・・・・ ってかね。

ゴールドスットントンボソンなんてものも出てきたぞ。

ヒッグス粒子が2012年に発見された。素粒子の標準理論で予言された粒子は全部見つかったぞ、おっしゃー、じゃ次は?   次はなにしてんの?  CERNでは。なんて話はこの本にはない。だってえーーー、1994年の本なんだものおぉ・・・・

ゲージ場の量子であるWボソンは質量ゼロである・・・べきである・・・だが、実験で質量はデカイの分かっている。どないすんじゃー? 
   という時に、ものの考え方としては質量があるゲージ場のボソンが見つかったのだからゲージ場の理論は疑わしいと考える連中はいなかったのか、いて当然だろ。
あるいは、Wボソンは実はゲージ場の量子ではないのではないか?  って疑問はどうよ。

などとワガハイは想像したり妄想したりして楽Cーのだが、きっと紆余曲折があり、仮説が出ては消え、消えては生まれ、そして消え・・・・ 結局は生き残ったのが今の理論というか解釈というか、なんだろうよさ。

理論が出た当時から正しい解釈でスムーズに理解されるって事はな、ないと想像する。ディラックの陽電子予言だって理論が28年に出てからディラックが四苦八苦して3年ぐらい過ぎてやっと陽電子を確信したのでしたね。
湯川中間子は35年に出た理論だが、当時は中間子は一種類だと信じ込んでいたろ。それが20年後には中間子は何十・何百と検出されたのだった。
まー単純に物理学者の予想通りに進むとは限らない。自然は人の都合で出来ているものではないらしいからなあ(笑)

で、ワイはゲージ対称性があるとゲージ場の量子の質量はゼロでなければならない、というところが理解できないのである。なんで?  
質量ゼロのゲージ場の量子は光子とかグルーオンがあり、そのチカラの到達距離は無限大であるって書いてある。光子はそうだろなあ。電磁場の量子だし。。。 グルーオンのちからの到達距離が無限大って ワケワカメ。 グルーオンってハドロン内部にあるものだからチカラの到達距離が無限大ってナンダギャー!!   

というわけで、結局、わかりませんでした、キリッ)

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2020年09月03日

科学をポケットに 講談社BBは素晴らしい

「質量の起源」 広瀬・1990年代かも
「相対論的量子論」 中西・1980年代かも

    本棚にあった。当時は貧乏・金無しではなかったので本をたくさん買ったのである。だいたい、書店でパラパラと見ることもなくタイトルだけ見て買った。時間的に余裕がなかったのである。どうしてかというと、当時はワイは働き者だったからである。

本を買うと日付と書店等を書く。なのでワイの本は中古屋に売れぬ。さらにカバーも捨てる。ヘンのカバーについては日本の本屋がやっているのはバカタリーノである。もともと本のカバーがあるのに、さらにその上にカバーをするのである。ボクは昔から、こいつらアホなんかなと思っている。最近は本を買わないのでそういうことを続けているかどうかは知らない。

というわけでこの2冊は色あせている。見たら落書きがたくさんあるので読んだようだ。ただ、落書きがほとんどないページも多数あるので飛ばし読みして放置したのだろう。

最近、ビッグス粒子関連の入門書を読んだので上の本を再読してみる。中西の本ではヤン・ミルズ場という用語があったので関係するだろう。
広瀬の本は読んだ記憶がほとんどない。質量に起源があるって?   何をバカな事をいうとんのだ、おまいは・・・って思って流し読みで放置したんだろう。

素粒子の標準模型は1980年頃に完成したという話だから上の本はそこらの話があるはず。

酷暑がなくなりエアコンなしの貧乏・金無しのワガハイの室内もちょっと過ごしやすくなった秋である。読書の秋である。たぶん。まだ秋の入り口なんだけど。それが、なにか?   知るかよ。

蛇足
ワガハイは読んで何も理解していなかった・・・・という事がわかった。広瀬の本でゲージ対称性があればWボソンは質量ゼロでなければならない、という記述はあった。ゲージ場の量子は質量ゼロなのだ・・・・だが、Wボソンは質量がデカイ・・・・どうする?   ヒッグスさんが知恵をひねり出して・・・ なんだが、
実はボクはその本でヒッグス粒子という用語を知ったという記憶がないのである。そもそも素粒子の標準模型では素粒子の種類を覚えたもののヒッグスに関しては記憶がなかったである。
科学をポケットに・・・・うむうむ。素晴らしい。こういう入門書はお手軽であり・・どーたらこーたらで、どうせたいしたことは書いてない・・・とえらぶったり見えを貼ったり自分のカシコリーノを示そうとする連中が一部おるようだが、ボクはそういうアタマのいい連中とは違う!!

流し読みしても何も残っておらん(笑) そこだで。ワイは気づいた、自分のおろかさに。人生幸朗のジーサン漫才家が「細川たかしはエライ」と褒めていたのを思い出した。
わたしバカよね、おばかさんよね・・・ 自分がバカだと知っている細川たかしはエライ!!

なので、自分の愚かさに気づいたワイもエライ!!  どーよ。何がよ。

反省したら行動に移す。そこがワガハイが生きる道である。君子豹変す、である。なんちてな。

ただ、メディア記事等を見ているは自分の愚かさに気づかないバカタリーノがたくさんいるなあ(笑) 人生幸朗の漫才でもみなはれ(笑)

posted by toinohni at 07:36| 東京 ☁| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月02日

パウリの排他律というのがある なあぁにいぃ・・・見つけちまったな!

量子力学の入門書では天才・ディラックと怪物・パウリが登場する。いずれも性格的に何かヘンである。あった。ここらはディラックの伝記とかパウリの伝記とか読むとわかる。
その怪物・パウリの業績の一つがパウリの排他律というものだ。これはすごい。なんで自然はこういう制限を課すのか? パウリの排他律はフェルミオンに対して有効である。
Heは電子が2個あるのだが、同じ状態に電子は一個のはずだ。そう、この場合には2個の電子は一つがスピンが上向きだと、もう一つはスピンが下向きになるのである。
同じ軌道に電子が2個あるように見えるが、電子のスピンが異なる。

これは実は原子核内の陽子や中性子でも成り立つ。同じエネルギー順位に陽子は2個入る・・・ときにはスピンが逆であるのである。原子核内でもパウリの排他律は成り立つのである。すげーーーぞ、パウリ。

さらにクォークの話でもパウリの排他律は効くのである。すげーのすげーの、デブのパウリはさすがに怪物・パウリであるのである。

陽子はクオーク3個で、u u d である。中性子はクォーク3個で u d d である。この場合に陽子内で同じエネルギー準位にu クォークが2個ある・・・それは変だジョー!! 中性子は同じ状態にd クォークが2個ある。これはアカンジュー。ぞんぞんだめだじょー。
  
では、この二つのu クォークは実はスピンが異なるのではないか?  うむ。着眼点としては良い。
だが、クォーク理論は u クォークが3つに区別出来るとしてパウリの排他律を守るのである。
u u d というときの u クォークは色が異なる。よってパウリの排他律は守られる。。。。
ここでスピンが異なるとしてもパウリの排他律は守られるではないか、とツッコミたくなるだろう。だが、もろもろの保存則等から色が適しているのである。量子色力学という。
クォークは3世代6種類ではなく3世代18種類である・・・・・のである。どーーよ。うむ。

   パウリの排他律は原子から原子核、核子内まで有効なのである。そりゃ粒子がフェルミオンである場合はな・・・・ということらしいぞ。
とにかく、すげーぞ。すげーぞ。以下1万回繰り返し・・・・だが。

いま、外で雨音が・・・・

posted by toinohni at 20:32| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月01日

たまには専門書に手を出してみるワタクシである なあぁにいぃ・・・・

2000/05 初版である。うまれたてホヤホヤである。てへへ である。

宇宙論の入門書は飽きたので専門書に手を出してみる。とは言っても図書館にある本に限る。貧乏・金無しのワイは数千円もする書物を買うぐらいなら焼酎買って飲むのである。なんだとぉ!!

   ちなみにプラズマとはボクの高校物理のうろ覚えでは電離気体という意味だったが、この本では「可動の荷電粒子群を含む統計系」を言うのである。どーよ、専門書っぽいだろ。

だが、単にプラズマというものを扱うのではない。このような系が凝縮状態にある場合、粒子間の相互作用が効率よく働き、状態を変化させ、相転移を起こすのである・・・だとさ。つまり、高密度プラズマを扱うのだ。
この本はよくある宇宙論入門書ではない。よってビッグバンとか開いた宇宙とか閉じた宇宙とか宇宙項とかは話題に上がらない。
最終章に重力波天文学の話がある。2017年か。重力波発見チームを率いた物理学者がノーベル賞を受賞したのだったな。

というわけで、今日はパラパラと見ただけであり、精読したのは初めの1ページだけである(笑)
一日1ページとして2週間で14ページ読める!!  まあ図書館にある事が分かっているし、借りてが他にいなかったら2週間後に返却して、翌日には借りるって狩野舞子は引退。いや、可能である。

最近は、素粒子論の入門書にしても精読を心がける。著者によっては数学的な説明があるところは、この手の話が苦手な読者は飛ばしても良い、などと書くがボクはそこらも精読する。
ワガハイは気づいたのだ。この手の入門書を読んで分かったような感じだけしたが、実は何もわかっていないということに。
一を知って十を知るというちょ~・便利な頭脳の奴らは別としてだな、ワイのような凡庸で怠け者でヒキコ森でハゲとる連中は十を知って一を理解できればマシだで(笑)
十を知って一を理解できれば、1000を知れば100も理解できるぞ。理解の幅を広げたいならば知識を広げるだけだ。それが凡庸でバカタリーノでアホタリーノでヒキコ森で、今後はヒキコモリーノにしようかな、なんだとおぉ!! 

  いや、言いたいことはバカにはバカのやり方があるって事。十を知って一を知るってレベルのオツムであると認識したならば、やることは決まる。1000を知れば100も理解できるのだぜ。いいじゃん、それで。ちょ~・便利な奴らは1000を知れば10000も知るのにサー、などとうらやんでもしゃーない。どうせ、そういう優秀な連中と付き合うことはねーすから(笑)

知るということと理解するということとは次元が違うのだけど、ごっちゃにしてみました。

つまり、その手の入門書は読みてによってはかなり良い情報源になるのである。まー、そんなこといったらね、小中高の教科書は国内でレベルは同じだよん。だけど学力差は甚だしいである。それは学ぶ側の資質、学びてに依存するのであるよん。教科書のせいではないのだよん。
バカはそこに気づかないか、気づいても気づかないふりをするんだよん。気づけよ、バカタリーノ。
そこに気づいて自分らはバカタリーノでアホタリーノである、と認識したらバカタリーノやアホタリーのに適したやり方ってものに切り替えろ、って。

ラーメン発見伝のドラマ化された番組でラーメンコンサルタントの社長が部下に言うとったぞ。
「あんたは誰々ほどの才能はない。だけど、凡庸には凡庸のやり方ってものがあるはずよ」
そこだぜ。バカタリーのはそういうことに気づかない、気づいても気づかないフリをする。
おら、バカなのでできましぇーーん、って逃げる。終わりだ。
バカにはバカの、アホにはアホのやり方ってものがある・・・・らしいよん(笑)

その社長はこうも言った「職人にとって敗北とは・・・・歩みを止める事よ」
それだぜ。バカタリーノにはバカタリーノのやり方がある。アホタリーノにはアホタリーノのやり方がある。ヒキコモリーノにはヒキコモリーノのやり方がある。そのやり方で進めばいい。止まってはだめだ。
なんだか感動してきまして。ラーメン屋ってこんなに努力してラーメン屋続けてるのかって感激しました。
まあボクはインスタントラーメンをたまに食べるだけですけどね。外食のラーメンチェーン店のラーメンは味が濃すぎて食べたくないのな(笑) たべている時は美味しいのだが、店を出てから口の中に化学調味料の感じが残ったりしてさ。塩分過多なので高血圧のボクはね、外食ラーメンは禁止なのですよ。すると、塩分対策としてスープを残せというバカタリーノがいる。残せるかよ、スープこそがラーメンのうまさの真骨頂ですぜ。ラーメン食べる時は完食するわい。年に1,2回。

というわけで、物理の話はどこに行った?   しらんがな(´・ω・`)

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2020年08月31日

素粒子論だが。。。入門書の・・・ なにやってんだろな、こいつらは・・・

よくわからんだけでなく、まったくわからん世界である。クォークは50年代から60年代にかけて大量に発見された新粒子・ハドロンを説明するためにひねり出されたアイデアであるが、ワイはそのハドロンがわけわからん。
寿命がちょ~・ちょ~・短い。10^-23とかある。10^-8とかもある。桁数で10何桁も幅がある。それって何さ?   なんかインチキ臭いなあ(笑)
レプトンのμ粒子は寿命が2μsぐらいだ。これは10^-6であり、ハドロンに比べるとちょ~・寿命だ。ご長寿さんである。
こいつらって、なんのためにある?   10^-23とかの寿命の粒子って存在すると言える? 

とにかく、この寿命の桁数の違いにワイは度肝を抜かれてドッヒー。

さらにビックラーしたのが次の話。陽子サイズはf mだ。10^-15ぐらいね。fはフェムトって読むんだよん。しってっか(笑)
ところがだ、Wボソン・・・・ゲージ場の粒子でチカラを媒介するのだが、そのチカラの到達距離が10^-18 m という。よろしいか。陽子のサイズの1/1000 ですぜ。そんな、ちょ~・短距離でしかチカラが伝わらないってのを、物理学者はどうやって測ったんだ。陽子サイズの測り方はだいたい想像できる。物差しを当ててだな・・・・・こらこら。
陽子は u u dとクォーク3個で構成される。この時、一つのクォークが右端にあるとして、もう一つが左端にあるとすると、この場合にはWボソンはチカラの媒介ができないではないか、どうだ、こら!!   Wボソンのチカラの到達距離 10^-18 m までクォーク通しが接近するってあるかよ、バカタリーノ!!   そりゃ、ちみいが何も分かってないのだよ、アホタリーノ!!

  そうでした。クォーク通しは質量を持たないゲージ場の量子であるグルーオンがチカラを媒介するのでした。グルーオンのチカラの到達距離はだいたい陽子サイズでありましたね。
で、ゲージ場の理論が素粒子論のクソ理論であり、もとい、基礎理論であり、そこではゲージ対称性が成り立つ美しい世界をみるのですねー。光子やグルーオンは質量ゼロ。
だすが、チカラを媒介するWボソンは質量がだいぶ大きい・・・ おいおい、ちみぃはゲージ場の粒子なんだすから質量はゼロでなくてはならんのよ・・・・と昔、この分野の科学者は困ったらしい。
そこで、ヒッグス機構ってものをひねり出した。もともとはWボソンは質量ゼロだった・・・10^-18 mぐらいの範囲では質量はゼロなんだが、その距離より大きいところでは質量を獲得するときたもんだ。こんな、都合のいい理論があってたまるか!!
   Wボソンが質量を持つのは、そこにゲージ場の理論の限界があるからだよ、アホタリーノ!! 
なにを、ちみぃの妄想だろ、そんなのバカタリーノ!! 

   Wボソンが質量を持つのとヒッグス粒子が質量を持つのは別の理論が必要であるって示唆ではないのかよってんでーーー。 と、ワガハイは酷暑の中で妄想してたのしーのですね。

どうせ理論はわからんちんだもんね。だったら、ワイは趣味として想像・妄想をして楽しむことにする。ワガハイは市井の真面目な一物理学徒ではないのであるぞ。どーよ。なにがよ。知るかよ。 なむうぅ・・・・

posted by toinohni at 07:54| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする