2022年01月15日

用語がワケワカランって多いよね そーーなんだ

電波法でも電気事業法でも頭の方で、この法律ではこれこれはそれそれだという定義がある。いいよね、そういうの。
ところが技術系サイト、物理系サイト(本・教科書など含む)では用語の定義も書かないで使うバカタレが多い。さらに略語も多すぎる。ABCと書いてあって、それ何の略語? ってワタクシはわからないのであり脚注に説明があれば親切な本・雑誌作りだと思うのであるが全く親切ではない。
これでは同人誌であり分かるヤツだけが読めばいいって姿勢だ。むかっ腹が立つ。こんな本が売れるかバカタレ。出版不況と言われて久しいが本造りを工夫したらどうなのよ、まったく腹がたつのである。ちなみに巨人の監督は 原辰徳。よしもと新喜劇の島田のハゲぇ師匠のギャグは もーもーはらたつなりぃ・・・・ どーや。

つーわけで、用語のお勉強。マルチタスクとかマルチスレッドとか何なんねん? 
タスクがマルチなんだぜーーー、スレッドがマルチなんだぜー。うむうむ。どーや。

でね、昨今はCPUはマルチコアだ。安いスマホでも8コア普通だったりする。オクタだ。数年前はヘクタでもスッゲーと思ったのにぃ・・・・
PCはワタクシの激安中古PC DELL OPTIPLEX 7010SFFは4コアだ。どーよ。・・・しょぼいだろーーー。
では4コアの場合でもいいけど、OSはどのようにして4コアを使い分けるのか?  ここだな。一つのアプリでマルチ・タスク、マルチ・スレッドで動いていて、4コアをどのように使っているのか?  どーや、わからんだろ。うむ。

LTSpiceはコア数選択可能だ。4コア選択できるし2コア選択できるし1コアでもよいぞ。4コアの方が早いだろと思っているので4コアにしているが。するってーーとLTSpiceのプログラムはどのようにして4コアを使い分けているのか?  どーや、わからんだろ。

CPUが4コア(もっと多くてもよいけど)であり、SMTという機能を持つ(同時マルチスレッディングとか・・らしい)、という場合にアプリとOSでどのようにしてその機能を使っているのさ。
つーあたりがワタクシはまるでダメ夫くん。サパーーリ。

じつはSMTって書いてあるけど何の略語なん? っての書いてないサイト記事をさっき読んでワタクシはむかっ腹がたっているのであります。クソサイト認定して二度とアクセスしない。uBlackでブロックしましたぜ、わっはっは。
糞サイトは二度とGoogle検索で出ないようにブロックするのでありますが、一つはOS,アプリ等のバージョンを書かないバカ記事、記事の日付を書かないアホサイト。それに中の略語かも書かないバカタレサイト・・・・こういうのはブロックだ。uBlackでブロックしちゃうもんねえ。

で、SMTだが。Surface Mount Technology 面実装技術じゃないんだよん。
Simultaneous Multi-Threading なんですって。Wiki見たら。

インターネットはゴミの山と言われて久しい。そのゴミの山から自分が望む情報を探すのは個人の資質によるのですわっとんとん。ブラウザのAdd-onを活用しようぜ。どーーや。

posted by toinohni at 09:14| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月13日

ワタクシの物理科学の楽しみ方 もはや酔っ払いの主張かーーい

物理系の入門書をよく読むワタクシであるが理論は理解出来ぬゆえ、楽しみ方を工夫しておる次第である。それは聞きかじった内容、用語を元にして妄想して楽しむというものである。次のような例を挙げる。

・自発的対称性の破れ 天才・南部陽一郎の閃きの一つである。ただ、その他の物理学者も含めてだが対称性が成り立つ世界としてビッグバン、宇宙の始まりを上げている。ゲージ対称性が成り立ちゲージ場の量子は質量を持たず光速で飛び交い・・・だが、ある時、その対称性が自発的に破れた。そこをヒッグス機構なるもので説明しているがワケワカラン。
自発的対称性の破れというが、自然界は破れているものばかりなんだでや。そこでワタクシは考えた。自然が自発的に対称性を破るのであればワタクシは意図的に人工的に対称性を破ってやる・・・・そうして生まれたのがピカソの絵画である。あの顔は自発的に対称性が破れたのではない。ピカソが人工的に対称性を破ったのである。どーや。

・不変とか共変とか なんなんの ヘンダジョー の変の親類なの? 
ほとんどの本は言葉の説明がない。不変とはこれこれである、という定義もない。法律の条文では頭の方に、この法律ではこれこれはそれそれであると定義がある。親切だよなあ、法律は。
ローレンツ不変という用語がある。ローレンツ変換を施しても方程式が変わらないというものだがマクスウェル方程式がそうである。ディラック方程式がそうである。量子力学のシュレディンガー方程式はそうではない。なので近似理論である。で、ローレンツ不変性をローレンツ共変性と書く本もある。不変と共変では意味が違うがなや。・
不変 ----  変わらない。 共変 ---- 共に変わる。 変わるのと変わっとるのとで違うがなやあぁーーーと昔から疑問だった。
だがワタクシは妄想で辻褄をあわせた。AさんとBさんの身長が共に10cm高くなったら二人の身長差はないのだ。共に変わると差はないのだ。つまり差が変わらないのだ。共変とは共に変わるから差が出ず、結局は二人の差は変わってない・・・・これ不変だわん。
どーや。不変と共変はこう考えると意味が同じだろ。
だったら共変ベクトルは?  反変ベクトルは?  共変微分は?   ・・・ うるせーーー知るか!!

・自然界は3値が基本である。どーーや。 なにが?
電荷は +, –, 0 と3種類ある。湯川が中間子論を発表したのは1935年だが中間子は今ではパイオンとして知られておりΠと書く。3種類ある。Π(+)、Π(-)、Π(0)である。陽子と陽子、中性子と中性子の作用ではΠ(0)が仕事をする。陽子と中性子、中性子と陽子の場合にはΠ(+),Π(-)が仕事する。つまり、3種類あるのだ。
強い相互作用の理論である量子色力学では色荷が3種類登場する。R,G,Bの3つである。
南部・ゴールドスットントン粒子も3種類ある。これがweakボゾン3種類の元である。
三人よれば文殊の知恵とも言う。つまり、自然界は3が基本なのだ。現在の2値のデジタル技術はすぐに3値のデジタル技術に取って代わられるであろう。だれかが開発しているに違いないのだ。自然の基本は3値なのだから。どーーや。

・最後に竹内薫のKBBの本で改定増補というの紹介してあーーげる。

増補としてペンローズのCCC宇宙というものが出てきた。漢字では・・・忘れた。が、この説明の図を見てワタクシが連想したのはリセットだ。
以前、超紐理論の入門書で宇宙はビッグバン・ビッグクランチを繰り返しているというものがあった。周期的宇宙論である。そして繰り返すたびに成長するという。初めの頃は天体に銀河構造もできず。だが、何回かのうちには銀河の大構造ができるようになった。現在は48回目のビッグバンだとかいう。そして、今後も繰り返すかわからないという。なんでや。そしてなんで48回目か、と問うと著者が48歳だからだとさー・・・ 脚色ありだが面白い。物理学者の発想はワタクシの妄想を越えている。まいりましたなあ。わっはっは。どーや。
というのと同じぐらいペンローズのCCCの説明の図を見て笑った。これってリセットやん(笑)
宇宙は膨張し、膨張が加速し、だがある時点でリセットされてビッグバンから再度始まるって図があってだな。リセットを連想するのはワタクシが電子回路を知っているからであって、アナログ回路でもデジタル回路でもリセットというのがあってな。リセットすると初期状態から始まるのであるよ。本の図を見たら・・・ リセットやんこれ・・・・どーよ。

周期的宇宙論で現在は48回目のビッグバンだと言ったり、加速膨張の後にリセットされてビッグバンから始まると言ったり(言うとるのワシや、ペンローズではないぞ)、宇宙論は妄想すると楽しいですぜ。

さらにワタクシは妄想だ。孟宗竹ではない。それは筍が成長したものだ。近所の竹やぶでは、タケノコ取らないでねと看板が出とるど。
その孟宗竹ではなくワタクシは妄想したい。
上で自然は3値を基本とするとワタクシは主張した。そして、次は3値で成長した世界をリセットする仕組みだ。単純なデジタル回路であれば4bit CounterはクロックでもってCount UpするのだがReset端子をLowにすると0に戻り、そこからCountupを再開する。
ペンローズのCCCはそういう印象をワタクシに与えたのである。理論は知らんので図を見てワタクシは想像したのである。
そして、宇宙をリセットするもの・・・・それは・・・・ 宇宙のどこかにリセット端子があるはず・・・・ 今はないように思えるが未発見だ。だが、あるはず。

かつて物理学者はない粒子に関しては あるはず と予想した。
天才・アインシュタインは光子を予想し、天才・ディラックは陽電子を予想し、怪物・パウリはニュートリノを予想し、我が国の湯川は中間子を予想し、小林・益川はクォーク6種類を予想し、ビッグスはヒッグス粒子を予想し、だ。
そこでワタクシは宇宙をリセットするボタンがどこかにあるはずだと予想する次第である。どーや。そのボタンを押すと4bit Counterが0からCountupを始めるように宇宙はビッグバンから再開するのである。どーや。

これな、アナログICでOneShotというのがあるけど、設定した時間に達するとリセットかかるねん・・・・・(´・ω・`)
デジタルICでは上の4bit Counterは0からCount Upするのだが15まで来たら次は0に戻って繰り返すねん。。。。こういう場合には別にリセットという操作はいらんねん。
そこだね。
なので宇宙もリセットという操作は要らないのだが、ある時点で勝手に0に戻るんだよーーーーんとワタクシは妄想したねん。どーや。

ワタクシは妄想だが物理学者は理論をベースにした想像であるらしいよん。ワタクシは理論はないので勝手に妄想して楽しーーーー・・・ってのが好きなんだで。どーーや。

うむむむ。すきなようにしなはれ。

posted by toinohni at 13:07| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月07日

真空のからくり  からくりってあんた人形かい そーーなんだ

2013年。興味がある人は読んだらよかろう。なんちゅーて。ワタクシは気づいた事がある。この手の入門書はたくさん読んだが2000年以前の本ばかりだった。素粒子論の入門書・宇宙論の入門書として次の本をあげよう。。。他にも読んだが略

現代の物質観とアインシュタインの夢 益川俊英 岩波 1998年頃
素粒子の統一理論を求めて   西島和彦 岩波 1998年頃
クォーク2                         南部陽一郎 講談社BB
エレガントな宇宙 ブライアン・グリーン 出版社忘れた 2000年頃

気づいた事というのは上の本が2013年初版なのね。ようするに新し目の本を読むべきである、という事だ。

もっとマシな気づいた事でも書くか。物理学者の発想を楽しもうって事だ。だいたいワタクシに理論が分かるはずがない。理論を理解しようと思ったら理学部・物理学科に行って4,5年ぐらい勉強せなあかんよ、ちみぃ。。。。 (´・ω・`)

ワタクシがあらあらららら、ららー と思ったのは次のような事だ。

ヒッグス粒子が素粒子に質量を与えた!!  などと新聞の科学ものにタイトルがでているとしよう。
本を読む。ヒッグスで質量が明確にでているのってweakボソンの質量だけじゃん!! クォークの質量は理論から出ていないじゃん・・・・
クォークの質量はヒッグスで獲得するのが2%であり、98%はカイラル対称性の破れで獲得する・・・などと書いてある。ヒッグス粒子が素粒子の質量を与えるって嘘っぱちじゃーーん、ほんの一部の質量を与えるだけじゃーーん!!   バカタレ。。。(´・ω・`)
さらに、陽子はクォーク3個で構成されるのだがクォーク3個の質量を足しても陽子の質量に程遠いって続く。なにを!!  クォーク3個で構成されていないじゃーーーん!!  いや、クォークは3個なんだけどな。陽子の質量はクォークの質量を足すだけではない、別の貢献があるのだよ、わっはっはっは。どうよ、ちみぃのオツムでは理解できんだろ?   うむ。ワケワカラン。
なんちゅーて。陽子の質量はエネルギーが質量として反映されている部分が多くてな。ここらはミクロの世界でエネルギーと質量が融合した世界なんかーーーい。って感じ。

ようするに、これこれはこうだろうと思って読み進めると、あらら、ららー、違うってサー。で、自分のオツムの中で訂正する。そして読み進むのですね。すると、あららら、ららー、そうでもないんかーーーい!! ってものがまと出てくる・・・ ワタクシの単細胞オツムではなかなか理解困難ですぜ。ここらが面白い。

つまり、本の初めの方にこれこれと書いてあるとワタクシはそれを勝手に妄想拡大してだな、そういうことかなと想像しつつ読み進めると、ちがーーーう!!  って話になる。
ここで、あららら、ららー!!  って自分のオツムの中で? がグルグルするわけね。そこが楽しい。この ??? が自分のオツムの中でグルグルしないって事は、なへへんも分かっていない、気づいていないって事だ(笑) 一を知って十を知るオツムではないからのう。そだねえ。

量子力学、場の量子論でも あらら、ららーってのはたくさんあって楽しいぞーーーうさん。
シュレディンガーの波動力学では電子を点として扱う。電子は波の性質を持っているのでシュレディンガー方程式では波の部分を波動関数Ψが担当する。波動関数は連続関数である。待て待て、量子力学は量子ってさ・・・離散的なんだろ?  波動関数は連続関数なんだでや、どないだ?  と思うわけサー。シュレディンガー方程式の波動関数は連続関数である、そして2階線形微分方程式である。どーよ。シッタカかますで(笑)
2階線形微分方程式であると同時に固有値問題でもある。HΨ = EΨ という単純な数式だが、固有値なのだよ。その固有値Eが飛び飛びの値になるのだよ、そこが量子力学と言われる所以でんがなやーーー。うむうむ、シッタカも上達して来たぞ。

場の量子論はパウリ・ハイゼンベルクが1929年に書いた論文「波動場の量子力学」が始まりである・・・らしいよ。この頃はパウリとハイゼンベルクは仲がよかっただね。
そこでいう波動場ってものがシュレディンガー方程式やディラック方程式の波動関数なんだでや。つまり、波動関数を場と捉え直すんだわ。
電子は粒子であるが波の性質もある。波動関数が波を担当する。その波動関数を量子化すると粒子である電子が出てくる。 粒子 – 波 -- 粒子 と続いたぞ。まーいいか。第二量子化なんてものが出てきたぞ。

で? 

ようするにKBB(講談社BlueBacks)でも2010年代の本を読もう。昔のはもういいや。つーかね、サイエンスライターが代わり映えしないのな。上の本の著者の山田克哉は米国大学教授だったらしいがとっくに退任している。引退したのでますます本を書いてくだされと期待する。
他に竹内薫もたくさん入門書を書いておるおる。佐藤文隆もたくさん書いておるおる。引退して時間があるのだからますます期待される。
この手の入門書は博士、Ph.Dとかの肩書を持つ著者が多い。現役の研究者は各時間はなかろうなので引退したらドシドシ書いて下され。
そして新しいサイエンスライターよ、出て来いやあぁ・・・!!   なんちゅーて。

posted by toinohni at 09:47| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月31日

電磁気学というものがありまして えーえー そーなんだ

「ファインマン・電磁気学」、「ファインマン・電磁波と物性」でマクスウェル電磁気学が100%ではないという事を知った。だいたいの電磁気学の教科書では電子の、というより点電荷の自己エネルギーの発散については避ける。

高橋秀俊「電磁気学」裳華房 97年第35冊では、この問題は素粒子とも絡み厄介なので本書では触れない、と放棄している。

点電荷と考えると発散するのであれば球状を考えるがよい。そこで半径aの球として電子を考えるとどうなるか。発散はしないが別問題が出てくる。電荷が球体の中に分布している構図なので、負の電荷どおしの反発があるはずであり、なのに球体としてまとまっているからには何らかのチカラが必要になる。ポアンカレー応力というものがひねり出された。
わたしのわたしのカレーはインドカレーと歌ったのは麻丘めぐみである。ちがーーーーう。

ではポアンカレー応力を考えて電子を半径aの球体と考えて、その大きさはいくらになるか。といった理論展開はことごとく破綻したらしい。失敗した。天才・ディラックもボルンもファインマンも失敗した。と、ファインマンは書いているが、ファインマンの本は1960年ごろのカルテックでの講義が元らしい。それから半世紀過ぎている。電子の自己エネルギーの発散を解消して、その後の量子論ともつながらなければならぬ。そういう理論はない。
では、この問題は解決したのか? 

「マクスウェル方程式の基礎」太田浩一・東京大学出版会・2003年、「電磁気学Ⅱ」太田浩一・丸善・2002年 に書いてあった。
シュインガーが1983年に解答を与えた、らしい。太田浩一の本はワタクシのような工学部で電磁気学を学んだ者にとっては難しい。出来の悪い学生であったワタクシは今は浅学非才!! 不勉強が身に滲みる!! と悔やむのみである。
電磁気学も学部レベルの次の大学院レベルになるとマクスウェル方程式は一行になる。もっとも右肩、右下の添字の機能でそうなるので実際に解く場合には複数の方程式になるのだが。

ワタクシは来年は1983年にシュインガーが解答を与えたという理論の内容を理解したいのである。電磁気学の理解は物理学の理解につながる。なんちゅーーーて。

とにかく、浅学非才!!  不勉強が身に沁みるのであるが、この反省が40年前にあったならばワタクシはもう少しマシな人生だったろうと自身を笑うのみである。わっはっはっ。

点粒子と考えるのがマズイ、紐にしよう。紐だぜ。。。 あいつ、ヒモやってんだって、女にたかって生きているぜーー ちがーーーう!!  
その紐理論は、超ひも理論に成長して・・・2000年頃にブライアン・グリーンが「エレガントな宇宙」で大ぼら吹いていたの思い出した。副題が「超ひも理論がすべてを解決する」だった。大ぼら吹きのブライアン・グリーンである。その本で、この分野は今後10年で画期的な成果を出す、と予言した。それから20年過ぎて、なんも出とらん。画期的な成果ってなんだよバカタレ、とっとと本を書いてくれよ、その画期的な成果について。

超ひも理論に関しては懐疑的な姿勢を持つ物理学者は多い。グラショウもそうである。「クォークはチャーミング」というグラショウの自伝を読んだが、超ひも理論に関しては懐疑的だとサー。

そこらは「クォーク2」南部陽一郎も、超ひも理論が究極理論であるかどうかはわからないと書いている。紐のアイデアは南部が1960年代に出したのであった・・・うろ覚え。南部陽一郎はアイデアの種まきが仕事なのであった。タネを撒けば誰かが育てる可能性はある。芽が少しでも出たら誰かが注目する。南部陽一郎は天才的な種蒔き師とも言える。
しかし、物理学者でちんちんシュッシュの種蒔き師もいた。シュレディンガーである。彼は生来の種蒔き師であった。愛人多く。うらやましーーーーー。なにそれ。

つまり、電子の自己エネルギーの発散は100年ぐらい前にローレンツによって指摘されていて、それがまだスッキリと解決していないのか。
そんなこと言ったら量子力学の波動関数Ψの解釈もいまだにスッキリとはしていない。コペンハーゲン解釈は実用的ではある。デビッドボームの量子力学も正しいとされているらしい。解釈は実験値と一致するように作られる。実験結果と合わない解釈は消える。ということは解釈は何重とある・・・ってことになろう。ななんちゅーて。

アインシュタインが一般相対論を発表した1915年から100年ぐらい過ぎて、その理論から予言された重力波が2016年(うろ覚え)に検出された。一つ、スッキリした。
1960年代終盤にヒッグスらがweakボソンの質量獲得のために考え出した仕組みの中で存在するべきだというヒッグス粒子が2014年ごろに検出された。素粒子の標準理論で予測された粒子が出揃った・・・ 50年が過ぎた。長生きしないとノーベル賞はもらえないぞ。

今日は年末だって・・・ そーなんだ。じゃ寝る

posted by toinohni at 17:50| 東京 ☁| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

素粒子の入門書を読んでもワケワカラン そーなんだ

統一理論ってなんだ?  電弱統一というものがある。ワインバーグ・サラム・グラショウらの業績である。弱い相互作用と電磁力が統一されたという。ワケワカラン。

その昔、電気現象と磁気現象は別個のものだと考えられていたのだがマクスウェルにより統一された。マクスウェル電磁気学の方程式を見ればわかる。電場の時間微分が磁場の空間微分と関係し、磁場の時間微分が磁場の空間微分と関係する。なるほど電場と磁場は関連しあっている・・・・という事は納得だ。
だが、弱い力と電磁力は何の関係があるっちゅーのよ。

電磁力 力の到達範囲 ===  ほぼ無限
弱い力 力の到達範囲 ===  原子核内のミクロな領域

電磁力を媒介する光子       ~=~~ 質量が0
弱い力を媒介するWボソン ~=~~ 質量は陽子よりはるかに重い

  こんなに違うのにぃ・・・ それが一つの理論に収まるってーーのかワインバーグさんよおぉ?

そこで「クォーク2」で南部陽一郎が電弱理論をどのように紹介しているか注目して読む次第である。この手の入門書は実は難しい。もともと難しい内容なので凡人にわかりやすく説明するってのは不可能である。なので例え話とか さわりだけでも とかになる。
ヒントは次である・・・・らしい。

弱い力も電磁力もクォークとレプトンの両方に作用する。(強い力はクォークの色のみに作用する。)  電磁力と弱い力がまったく違うように見えるのは光子とWボソンの質量の違いに依るものではあるまいか。

うむうむ。そうかも知れないなあ・・・と読み進めるとSU(2)✕U(1)のゲージ理論なるものが登場するのである。もはや呪文である(笑)
ただ、電弱理論はグラショウが61年頃に思いついており、それをワインバーグ、サラムは独立に発展させたものである。彼らは3人でノーベル賞を1979年に受賞しているのだが「クォークはチャーミング」というグラショウの自伝を読むとノーベル賞は賞金が3分割されるので、グラショウは単独受賞できなかった事を悔やんでいた・・・半分は読者受け狙ったんだろな。

さらに弱い相互作用は繰り込み可能であると分かるまでは注目されなかった。オランダのト・フーフトが1972年にこれを証明して風向きが変わったのである。それまで u d s の3個のクォークだったがJ/Ψ粒子の発見があり、それはcクォークの発見でもある。グラショウらが早くからcクォークの予測をしていた。さして、K中間子の崩壊の研究からCP対称性が破れていることを発見され、CP対称性が敗れるのはクォークが3世代6種類必要だとの小林・益川理論が続く、vクォークの発見が続き、1980年頃には素粒子の標準模型が完成するのであった。

  このような流れは知るのだが、では電弱統一理論っていったい統一ってどういうことなの? ってあたりはワタクシは理解出来ていない。
弱い力も電磁力もクォークとレプトンの両方に作用する・・・・それ言ったら重力もクォークとレプトンの両方に作用するで・・・・・ どないすんの、これ。
いや、重力は弱い力・電磁力に比べると何桁も弱いので無視だ。あ、そう。

Wボソンの質量を0にしたら力の到達距離は無限大になるで・・・・ なんて言っても実際は陽子よりはるかに重い。なんででっか。。。
いや、ある時期はWボソンの質量は0であって、光子と同じく光速で飛び交っていたのだよってか・・・・ そこらになるとワタクシは妄想の世界になってしまうのである。

かくして素粒子論的宇宙論が入り込んでくるのであった。ここらもなあ、入門書読むと壮大なほら話のように感じるし(悪い意味ではなく)、物理学者の発想は楽しいな・・・と思う次第である。

ブラックホールは想像上の天体、理論的にはありうるが現実の宇宙にはないであろうとアインシュタインは考えたらしいが、今はありふれてしまった。天の川銀河の中心には太陽質量の300万倍もの巨大質量ブラックホールがあるってサー。発見者は1,2年前にノーベル賞受賞したなあ。
で、結局、統一理論ってなにさ?  何を持って統一というの?  昔の昔は自然界の4つの力は一つだったというのが大統一理論らしいが・。・・・・
実際、4つあるんだし、それでいいんではね?  ビッグバンの瞬間には一つの力だったんだ・・・という理論ができると何が嬉しいわけ?  そんな感じでして。

しかし、素粒子論は宇宙の起点を研究する分野になっているんだね。。。という事は勘づいてるい。気がする。たぶん。 考えるとドンづまるので考えないようにしよう。入門書をよんで感じるんだ(笑) 考えるんじゃない、感じるんだ、それがフォースじゃああぁぁ で? 

posted by toinohni at 08:58| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月29日

下記の本の感想です

感想 ----   たいへん面白かった、終わりm(_ _)m

 

こらこら、もう少しマシな事を書けよ、ちみぃ・・・・

というわけで少し真面目に書く。ワタクシは素粒子論の入門として次の本を読んだ。
「クォーク2」南部陽一郎・講談社 Blue Backs 1998年頃
「素粒子の統一理論を求めて」西島和彦 岩波 1998年頃
「現代の物質観とアインシュタインの夢」益川敏英 岩波 1998年頃

その中で弱い相互作用に関する記述がある。その中でワインバーグ・サラム・グラショウの電弱統一理論の話もあった。
簡単に概観すると量子電磁気学(QED)がうまく行ったので物理学者はその路線で素粒子論もなんとかしようと考えた。QEDはゲージ場の理論でもある。相対論的場の量子論を基礎にしたゲージ場の理論である。素粒子をゲージ場の量子として捉える。。。これはゲージ場である電磁場の量子 = 光子の場合にはうまくいった。そこで生ずる発散は朝永らの繰り込み理論によって回避されたからである。

ところが電弱理論が出た1960年代後半に置いては、それが繰り込み可能であるかどうかが不明だった。繰り込み可能でなければ理論は破綻する。計算すると無限大が出てくるのである。

1972年にオランダのト・フーフトが弱い相互作用の理論 = 電弱統一理論が繰り込み可能である事を証明した。そこから素粒子の標準模型のへ完成が加速されるのである。1980年頃には素粒子の標準模型はほぼ完成した。ゲージ場の量子は質量ゼロでなければならず、それはビッグスらが珍奇なアイデアを出してしのいだ・・・(珍奇というのはワタクシの感想であり )
これらの話は1960年から1980年までの話である。

グラショウの上の伝記はそこらを詳細に、グラショウの経験をベースに書いている。グラショウは電弱理論(のトリガー)を師匠のシュインガーに割り当てられた。シュインガーは朝永・シュインガー・ファインマンのシュインガーである。当時の素粒子物理学の一線級の指導者の元で、若者が成長していく過程でもある。

1960年頃から1970年代終盤までの素粒子論の発展の経緯を弱い相互作用を中心にして知ることができる本である。
ワインバーグ・サラム・グラショウは1979年にノーベル賞を分かち合った。賞金は分割である。単独で受賞できなかった事をグラショウは悔やむのであった(これは冗談)

というように、グラショウの伝記なのであり、まあ自慢話があっても良い。しかし、グラショウは女友達が多かったし、物理学者等も知り合いが多いなあ。大学もいくつか行っているし。
グラショウは女友達が多い割には結婚したのは離婚して二人の子連れになった女性であった・・・なむう。。。。。


ここからワタクシの駄文は本格化するのである。覚悟したれよ、ちみぃら。

2000年頃に「エレガントな宇宙」ブライアン・グリーン を読んだ。副題が「超ひも理論がすべてを解決する」であった。 ほら話であった(笑)。ブライアン・グリーンは本の中で、今後10年内にこの分野は画期的な発展をする、と楽観的な予測をしていた。その画期的な発展ってなんなのさ、グリーン君。もう20年過ぎたのですぜ、グリーン君。どないなってんのグリーン君。

「クォーク2」で南部陽一郎は現在の物理学は曲がり角に来ていると書いておったーーー。1998年の本だ。
理論と実験が車の両輪としてうまくコラボして走ってきた時代が終わったのだ。理論の車の回転が早く、実験の車の回転が遅いと車は全身できない。グルリンコと回ってしまう。

南部がそう書いてから20余年が過ぎた。それでも実験技術は向上し、2010年代にはヒッグス粒子が発見され、重力波が検出された。一定の成果は出ている。
だが重力波はアインシュタインの一般相対論が1915年に出てから100年ぐらい過ぎての検出である。ヒッグス粒子はヒッグスらがヒッグス機構を考えてから50余年過ぎての発見である。
理論と実験が車の両輪として。・・・・・という描像が崩れている。

既に一人の大天才が紙と鉛筆で新規な理論を生み出す時代は終わって久しい。研究はチームで行うようだ。それで何らかのブレイクスルーが出てくるか。
ブライアン・グリーンのほら話がいつか現実味を帯びるであろうか。

わしらの、つまり人類の自然観は 見たまんま自然観 から始まった。そういう用語はないのだがワタクシは発明した。物理用語では 素朴な自然観 とでも言うかもだ。そして、見たまんま自然観は多くが否定されてきた。科学の発達は 見たまんま自然観 の否定を伴ってきた一面がある。
おそらく、現在のこれこれはこれであろう・・・という見方も 見たまんま自然観の一員である。相対論を知ったら、量子力学を知ったら、それらはもう 見たまんま自然観 になっているのである。相対論で考えるとこうだ、量子力学で考えるとこうだ・・・という見方は 見たまんま自然観と等価なのだ。
わしらの常識となってしまった物理の理論は 見たまんま自然観 になっておるのである。

それを破る。ブレイクスルーだ。それが超ひも理論だ・・・とブライアン・グリーンは言うとったようだけど、成果が出てこない。
手品にタネがあるように自然はタネをたくさん持っている。種明かしをするのが物理学者だ。ワタクシはYoutubeにある手品の種明かしを楽しむ視聴者である。
ただ、手品の種明かしを知ってもワタクシが手品できるわけではない。あれは相当な訓練が必要なのである。

自然は手品のタネをたくさん持っているだろう。出尽くしたわけではない。そこだで。

まずは素粒子の質量について説明したまへ。今の所、クォークにしてもレプトンにしても質量に規則性が見当たらない。世代が増えると質量が大きくなるという観測結果はある。そこの規則性をなんとか探してくだされいのれいのれい。

つーか、自然は手品師か?  マジシャンか?  マリックみたいなもんか?  (笑)

以上で駄文を終わる次第である。m(_ _)m

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2021年12月28日

クォークはチャーミング  なあぁにぃぃ気づいちまったな

弱い相互作用を説明する電弱統一理論はワインバーグ・サラムという二人の名前で書かれる事が多いが、ワインバーグ・サラム・グラショウの三人がノーベル賞を受賞したのである。
繰り込み理論が朝永・シュインガーの繰り込み理論と言われるが朝永・シュインガー・ファインマンの3人なんですよーーーーと。
そのシュインガーがグラショウの師匠であった。。。。。
グラショウは陽電子が発見された1932年に生まれた。。。で、幼少から青年期、研究者としての自伝である。興味がある人は読まれるがよかろう。 をいをい。

この本で登場する物理学者の数は膨大だ。ゴルゴ13でゴルゴに狙撃されて死んだ人の数を数えるぐらい地味な作業のように、この本に登場する物理学者の名前を挙げるのはワタクシはやらん。
アインシュタイン、ボーア、ショレディンガー、ハイゼンベルク、パウリ、ディラックといった時代の天才連中だけでなくグラショウの同年代の物理学者らも多く登場する。
日本人も登場する。湯川、坂田、櫻井、朝永、西島・・・・ 女性も何人か登場する。陽子(ようこ)、量子(りょうこ)、電子(でんこ)、八重子(やえこ)などである。 をいをい!!

  という感じでグラショウの自伝であるが、中にはホンマでっかねというエピソードもある。

興味がある人は読むがよかろうぞーーーさん。なんちゅーて。

  ディラックの自伝、ファインマンの自伝等も読んだ。物理と関係ない話で感想でも書くぞーーーう・・・ さん。米英の大学は奨学金が出る・・・らしい。そりゃ一定の資質のある学生だけが対象だろけどね。ファインマンもディラックも奨学金で大学出た。大学院もそうだったろ。グラショウもそうだ。米英の大学の運営はニッポーーンとは異なるのであろうそ゜ーー。・ さん。
さらに国からも助成金が出るようだ。グラショウはそれで欧州に留学しているし。
研究者を育てる、基礎科学を大事にするという姿勢があるみたいだーーーぞーーーー。
飛び級制度もあり、奨学金制度もあり、優れた資質の学生を成長させるのが国にとってメリットがあるという土壌があるのだろう。
我がニッポーーーンは・・・・(笑)
研究者の仕事は研究と教育である・・・・と想像はする。だがディラックは大学院生をとらなかったらしい。いや、一人とったが、それ死んだらしい・・・・
昔のドイツのゾンマーフェルト。前期量子力学に多大な貢献をした物理学者であるがノーベル賞は受賞していない。だが、ゾンマーフェルトの弟子は何人がノーベル賞を受賞したか。教え子が見事な業績を上げたのである。パウリやハイゼンベルクはゾンマーフェルトの学生であった。
グラショウも大学院生を何人しどうしたか。教え子の中からノーベル賞受賞者が出るといいなあ・・・・ なんちゅーて。
我がニッポーーーンでも湯川の門下生どもが頑張っている・・・たぶん。ノーベル賞受賞した小林・益川は坂田門下生だと聞く。研究と教育の仕事をしているのであーーーた。朝永は大学の運営側に回ったみたいだが。

とはいえ、弱い相互作用の理論、電弱統一理論が登場してから50年ぐらいになろう。1970 + 50 = 2020 だぎゃ。

半世紀だ。思い出す。ワタクシが半世紀前に紅顔のニキビ面で女生徒らから大人気だったころ(妄想な)、物理の先生が言うた。量子力学は計算方法は確立しているが、その意味はわからないところがある、と。
何言うとるのかワタクシは理解出来なかったのだが、大学は物理系行っても僻地の高校教員になるしかないぞと思ったので就職の良い工学部・電子工学科に進んだのである。
そして、今、思い出す。量子力学は意味がわからないところがある・・・。それはシュレディンガー方程式の波動関数Ψの解釈である。ここ10年ばかり、高校物理の続きだ・・大学教養課程の続きだ・・と物理の入門書を読んできたが、解釈問題は解決しているわけではない。
50年過ぎたのによバカタレどもが、なにサボッテンでーーーー・・・ ではない。
ただ、進展はあった。デビッド・ボームの量子力学も正しいとされている。だって、結果は同じなんだもーーーん(笑) どのような解釈をしても実験結果を説明できるとなると、ううむのむーー。なのだが、ボームの量子力学ってものがあってな。
さらに、ネルソンの確率力学ってものもあるぞーーーさん。

てな感じでワタクシの雑学は増えるのであるが、いずれもピシッと澄んだ空気の日に西方の遠くの奥多摩の山々がはっきりと見えるような心地よさはないのである。

「クォーク2」で南部洋一郎が書いていた一文を思い出す。科学の最先端はいつも もやもや しているのである。 どーよ。ワタクシは最先端でなくても もやもや しているのが常であり、もやもやを常と思えば不服なし!!    なんちゅーて。

まあ冗談はともかく、グラショウはユダヤ系ロシア人が両親であって両親と親戚の何人かは米国に移民したようです。
斜に構えて歴史を見るとドイツのヒットラーが米国を大成長させたとも言える。優秀なユダヤ系の科学者が米国に亡命したのであった。もっともユダヤ系でなくても旧ソ連の独裁体制を嫌って米国に亡命したガモフのような科学者もおったー。ビッグバン理論のガモフ。

こうなると国が栄えるかどうかは優秀な人材を引き寄せる事ができるかどうか、に依存するのだねえ。
そりゃ高校野球でも私立の野球校は全国から良い選手を集める事ができると強くなりますね。
我がニッポーーーンの科学界も世界中から良い素材を集めるって事がキーになるかねえ。。。そだねえ。ただ、土壌が違うのでねえ。ドジョウはヤナギの下に二匹はいないのだねえ。

それでな、素粒子の標準模型が1980年頃に完成してTopクォークが1994年に発見されて、未発見のヒッグス粒子が2014年(うろ覚え)に発見されて標準模型でいう素粒子は全部見つかった。だったら標準理論は完成して終わりか? 
そうではないのだなあ。わからない事はまだまだある。そこらはグラショウやその他のノーベル賞受賞者の弟子連中、そうでなくても理論物理学を研究する連中、そういう分野の研究者が四苦八苦、奮闘する場であろう。なんちゅーて。

実はワタクシはそんなのわかっても ワシ どーでもいいんだもんねーーーだ、という立場なんですね。分かるのは一部の研究者であって一般人は理解できんのですねーーーだ。
ここもなあ。研究成果をもっと一般大衆に説明する仕事というものをやって欲しいものだわなあ。特に国の研究機関はサー。広報をもっと拡充したまへよ。もっと宣伝しなさいよ。広報に税金使うのもったいないあるかね、知らんけど。

高校の物理化学の時間に、理科系の授業時間に紹介するぐらいはしてもいいんではないか。と思うワタクシである。何も100年以上も昔の理論ばかりが対象でなくてもいいと思うとげなあ。。。。。 なんちゅーて。

posted by toinohni at 11:39| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月24日

素粒子論の入門書をいくつか読んだのである そーなんだ

「クォーク2」南部・KBB 1998年頃
「現代の物質観とアインシュタインの夢」益川・岩波 1998年頃
「素粒子の統一理論に向かって」西島・岩波 1998年頃

素粒子の分類については知った。物質を構成するのがクォークとレプトン。力を媒介するのがグルーオン、ゲージボソンである。他にビッグス粒子もある。
しかしね、ワケワカラン。もともと、クォークはハドロンを説明するために生まれた。1950年代以降で加速器(コライダー)で物質を壊して新たな粒子を発見したのだが数が数百だ。ハドロンと命名され、バリオンとメソンに分類された。クォーク理論は発展し、バリオンはクォーク3個、メソンはクォーク2個で構成される。
それは良い。知っただけなんだけど。だが、ハドロンはどこにあるのか、どこにいるのか、おーーい、ハドロンくん、いたら出てきたまへよーー。(陽子、中性子はバリオンであり安定しているが)

ハドロンの寿命は10^-8 ~ 10^-23 とか超・短寿命である。つまり、存在しないに等しい。ワタクシはハドロンは実験装置(コライダー)によって人工的に作り出されたものであり自然界に存在しないものだろと思った。
つまり、自然界に存在しない(安定してという意味)ハドロンを説明するためにクォークを考えだしたが、それも存在しないのだ。。。。陽子・中性子を作るu, d は大量に存在するが。

ここが入門書を読んで疑問としてずーーと残ったのである。上の本では極めて短寿命のハドロンがどのような役割なのかに言及していない。第二世代のクォーク、レプトン。第三世代のクォーク、レプトンはいったい何の役割があるってーーのよ、教えて神様!! 

という疑問が解消した。気がする。宇宙論の入門書で気づいた。つーか、書いてある本もある。ビッグバン理論はガモフが1940年半ばに提唱してから1960年代に宇宙背景放射が発見されて急速に発展した。そして、宇宙論は素粒子論と重なる部分が分かってきたのである。
人を大きさの基準とすれば宇宙は10の何十乗というスケールだ。原子サイズ以下の世界は10のマイナス何十乗という世界だ。この両極端な世界に共通項がある・・・というのはワタクシとしては大ショック!!  ショック・ショック・ショック・・・とか歌っていたアイドルがいたなあ、忘れたけど。

ビッグバンの時点では素粒子のスープ状態、超・高エネルギーなのでクォークが単独で存在し、つまり複合粒子を構成できず。膨張してクオークのエネルギーが下がると複合粒子であるハドロンができる。つまり、クォークのスープはハドロンのスープに相変化、相転移したのだ。ここでハドロンの役割が出てきた。
そのハドロンのスープは超・短寿命なので崩壊して結局は安定した陽子・中性子だけ残る。そこだな。クォークが相転移してハドロンになり、ハドロンはあっという間もなく崩壊して陽子・中性子になり。ここで陽子・中性子・光子・電子ばかりのガモフの初期のビッグバン理論で言う火の玉宇宙になったのだ。ここまでビッグバンから時間にして10のマイナス何乗とかのレベルだからな。
とワタクシは想像している。

宇宙論は想像して、妄想して楽しむものである。ワタクシが理屈を考えてもなんとかなるものではないのである。想像と妄想は定性的な話であり、ワタクシにも出来るのである。想像力が豊かである人は想像して楽しむが良いのである。想像するだけならカネはかからん(笑)

ハドロンって実験装置(コライダー)の中で人工的に作られたものであって自然界にはないのではないか? というワタクシの初期の疑問は、ハドロンはビッグバン時点で仕事したのである、という説明によって解消しうる。
では、素粒子を宇宙論に結びつけたのは誰か? という興味が出る。素粒子論的宇宙論という分野を開拓したのは誰だ?  知るかよ。
恒星の進化では重力と核融合がメインであって素粒子は登場しない・・と持った。電子や光子が素粒子である・・というのは置いといて。

というように想像・妄想で興味が膨らむのである。入門書でも教科書的な本でも読み手の意識次第で汲み取り量が異なる。字面をなぞっただけでは汲み取り量は少ない。そこだね。

そして、それはどのような分野でも言える。単に字面を追うだけでは得るものは少ないと言わざるを得ない。よって、ちみぃらは問題意識を持って本を読む、教科書を読む、参考書を読む、そういう姿勢が先ずは必要なのである、 by 近所の学習塾のニセ講師

posted by toinohni at 12:20| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月10日

物理が分かる実例計算 KBB 2013

  著者・翻訳者は画像を見るとよかろう。これ面白い。こういうのいいですぜ。数字があるとなんだか理解が進んだ気がするううぅぅ・・・・
ってかね、一つ面白い計算があったので書く。オーブントースターの電力についてだ。
OvenTooster0

 

OvenTooster1

  初めはオーブンスターのヒーターってこんな円筒形で、発熱体として円筒系の物質なのかい? ニクロム線か何かではないのかい、ニクロム線をグルグル巻いているのではないのかい、知らんけど。

と思ったのだが、よく考えてみるとこれでいい。実際の形状で無くてもいい。円筒の半径は計算に入らないのであった。うーーむ。
円筒の半経が大きくなると円筒表面での磁場は小さくなるが、代わりに側面の表面積が大きくなるのである。
じつはこれは導線がグルグルの状態でも良い。ポインティング・ベクトルは導線の内側を向く。よってエネルギーは導線の内側でジュール熱になる。導線の太さ、巻数など考慮して計算は少し複雑になるが結果は同じになる。多分。

つーか、図の説明は導線に電流が流れる際にエネルギーはどこを伝わるか、っいう問題を連想するのである。エネルギーは導線内部を通らない。表面から外の空間を通る。その場合と上とは問題の想定が違うけどね。

ここな、電流を水道ホース式で理解している場合には理解出来ないのだろ。エネルギーは導線内部を伝わらないと言うとビックラするであろう。つーかワタクシもそういう事は考えたことがなかったのでして、そういう記事を見た時に、あらら、まーと思った次第である。まあなんというか電磁気学を履修したのだが理解は浅いのであった。浅学非才!!  不勉強が込に染みる(笑)

電流を水道ホース式で理解していると・・・コンデンサは内部に導体ないのにどうして回路に電気が流れるか理解できない。電流ホース式での理解は直流の場合であり、それも例えなんだという認識がない。本当に電気が水道ホースの水のように流れると思ってやがる。なので電子の移動速度がでんでん虫ぐらいだと知るとビックラギョータンするわけだ。
人は自分が分かるようにものごとを修正して思い込むって事があるからなあ。単なる思い込みだって事に気づかない連中は・・・・まあいいか。

かくして人類は宇宙観の変遷というものを経てきたのである。ん?  何の話だっけ。知らんがな・・・・ なむう・・・・・・

でな、ZINTというLOGOがあるハンディスキャナーだと講談社BBのページをキッチリと撮る事が出来ないと気づいたのである。

両開きにして少し跨がってスキャン始めたら撮れるかも知れないが、それは曲がりが生ずるので矢田亜希子、すなわち ヤダ  。。。。
文章とページの間に隙間がもう少しあればよかったんだ。ZINTで自炊って無理だわ。。。
自分の本であれば裁断機とキャノンスキャナーで撮れるのだけどなあ。図書館の本は必要なページをデジカメで撮るかハンディスキャナーで撮るか・・・・ですわ。
でもね、図書館が近いので撮らなくてもいいや。必要になったら図書館に行けば良いのである。近所の図書館にない場合には予約して取り寄せ。。。貸出中でなければ翌日には届くし。いいサービスですわ。ありがとう、市の行政さん!!    なんちゅーーーーーて。

posted by toinohni at 08:23| 東京 ☁| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月05日

宇宙論はワケワカメ リケンのワカメ なにそれ

宇宙は膨張している。。。重力は引力だから膨張のブレーキになるはずだ。だから膨張速度は徐々に下がるだろう・・・だが膨張は加速している・・・ うーむ、そのためにはエネルギーが必要だ。というわけでダーク・エネルギーがでてきた。

という話の中で重力が膨張のブレーキになる・・・というところが引っかかる。それはどのような前提で言うとるのかがわからないからだ。
宇宙は中心とか周辺とかの特別な場所はない。宇宙は一様等方である。という宇宙原理というものがある・・・・・らしい。
中心とか周辺とか特別の場所がないのであれば重力がブレーキの役割にならないとワタクシは思うのですねえ。
重力がブレーキ役になるのは領域を考えた場合であって。半径Rの球が宇宙だとして勝手に決めたら、周辺と中心が登場しまんねや。その球だけを考えると重力は内側を向くですねえ。だから、その球が膨張しようとするのに対して重力がブレーキ役を果たすですねえ。

だども、宇宙は中心とか周辺とか特別な場所はないという宇宙原理を考えると勝手に半径Rの球を設定した事が違反なんですぜ(笑)
領域をこのように決めてしまうと、この球の膨張に対しては重力がブレーキ役を果たすのは納得する。だが、宇宙は中心とか周辺とか特別な場所はないのが宇宙原理ですぅ・・・って言うとる人がいるだす。だったら、勝手に範囲を設定した事が違反なんだってば(´・ω・`)

ということに注意して宇宙論の入門書を読んでみようと思う次第である。そもそも宇宙原理って成り立つってどうやれば分かるかもワタクシは知り申さぬ。

考えると直ぐにドン詰まるワタクシである。考えないとドンづまらないが、それだとつまらんのですねえ。。。 ドンづまるってのが大事なんですねえ。そだねえ。

posted by toinohni at 08:27| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする