2024年02月21日

詩人のための量子力学 レオン・レーダーマン 白洋舎2014年

ワタクシは詩人ではないので 終わり。。。。。。。。。

こらこら、何か書けよバカタレリ・・・・・

10年前にも読んだ。再読である。だいたい知っている話ばかりである。ワタクシは趣味が科学劇場・鑑賞であって、この手の本はたくさん読んだのである。どや。

だが、数年ぶりに読むと、おお、これは覚えておらん・うーたんという事がある。単に忘れただけかも知れないがな。

初版から10年。ワタクシの雑学も増えた。そういうなかで読むと勘づく・気づくところも多々ある。読書の楽しみってふのは同じ本でも再読すると別の何かに気づくって事なのだよ。
よってに一度読んで放置するのはもったいない。数年後に再読したまへ。なんちゅーて。

歴史的な話。量子力学の草創期から超ひも理論まで。詩人というのは文系を指すらしい。ならばワタクシは詩人ではないのである。ワタクシは詩人ではない。純文学作家なのである。妄想である。どや。(笑)

ただ、間違いもある。誤植というのか、編集のうっかりミスというのか、翻訳者の勘違いというか。
ミュー粒子の寿命を2ミリ秒と書いてあった。これは違う。間違いだ。そんなに長い寿命ではない。ただ、素粒子論等の入門書を数冊読んだ人であれば単にケアレス・ミス。
2ミリ秒は2マイクロ秒が正しい。これに関しては別のページではミュー粒子の寿命を100万分の2秒と書いてある。つまり、2マイクロ秒だ。これは翻訳者・査読者・編集者の怠けですね。気づかないはずがない。知っていれば。翻訳者は理学部・物理学科卒のサイエンスライターだ。
つーことは出版社は査読ってものを重要視していないと想像する。なんちゅーて。

さらに年月日。この手の本では理論が出た年が1931年なのか1932年なのか・・・±1年ぐらいは誤差のうちだ・・・(笑)
ただ、これも発見をどう解釈するかで異なる。例えばアンターソンが陽電子を発見したのが1931年だと書く本がある。1932年であると書く本もある。この違いは発見をどう解釈するかに依る。アンダーソンは電子と同じ質量で電荷が正の粒子を1931年に発見した。発見した時点では陽電子であるという認識はないのだ。アンダーソンはまったく新しい粒子を発見したと考えた。
だが、それがディラックのいう陽電子ではないかと他の物理学者が勘づき、検討の結果は陽電子であると確定したのが1932年であった。・・・・ という場合には陽電子の発見は1931年なのか、1932年なのか、困る。アンターソンは電子の電荷を正にした新しい粒子を1931年に発見した・・・それが陽電子と確定したのは1932年である。さー、陽電子の発見は何年が妥当か?
1931年か、1932年か。。。 という感じで、発見の年月日は±1年ぐらいは幅があっても良いとワタクシは考える。
この本でも年月日を見るとワタクシが別の本を読んで知った年代と±1年ぐらいはズレとる。だが、それでいいのだ。そうなのだ。

量子力学にはハイゼンベルクの不確定性原理というのがある。共役物理量は同時に正確に値は決まらないというものだ。
どーーや。この発見の年月日も不確定性原理に支配されていると勘づきますね。発見の日付と物理学者は同時に正確には定まらないのだよ。どーーーや。(笑)

posted by toinohni at 14:29| 東京 🌁| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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