2021年10月11日

電子の質量ってなんだんねん  知るかよバカタレ そーなんだ

ファインマン物理学 電磁波と物性 電子の電磁的質量が特殊相対論のU/c^2と一致しないことで悩んだらしいが、ファインマンの本は63年の講義がネタであって出版はその後であって国内で邦訳が出たのは71年である。
ワタクシは90年の第19刷を読んでいる。図書館から借りたのである。ファインマン物理学を全部揃えようとするとカネがかかるのである。貧乏・金無しのワタクシは図書館に頼るのである。知識の宝庫が近くにある。活用しない連中はバーーーカか金持ちか いずれかであろう(笑)

しかーーし、「マクスウェル理論の基礎」太田浩一 によると1983年にシュインガーがこの問題に解を与えたと書いてある。なので第19刷あたりでは脚注に83年にシュインガーが・・・と書いて欲しいものだで、岩波さん。
ちなみににファインマンはその問題に対してボルン、ディラック、ファンマン・・・らがマクスウェル理論に修正を加える試みをしたが全部消えたと書いてある。これ超・難しい問題だったのだ。そして、実は83年にシュインガーが与えた解・・・・これを理解する物理学者は少ないのではないか。あるいは、もう興味無くなっていたのか。などと妄想するワタクシ。

さて、素粒子の標準理論で最後まで残っていたヒッグス粒子が2012年か、発見されたのは。質量の起源がヒッグス粒子である・・・というような入門書を読んでも質量の問題が解決されたという感じは皆無である。ワタクシはワケワカランのである。

素粒子論は相対論的場の量子論を基礎としたゲージ理論で記述される。って「現代の物質観とアインシュタインの夢」益川敏英 1998 岩波 に書いてあった。
ゲージ対称性がまずあって、それが自発的に敗れる。ゲージ対称性が保たれている世界では何も起きぬ。つまらんぞ。だが、そんな世界はどこにもない。宇宙は誕生直後に自発的に対称性は破れたのである。なんちてな。

量子電磁気学がゲージ理論でうまくいったので物理学者は素粒子論もそれで行こうやと考えた。ところがゲージ場の量子は質量がゼーロである。ゲージ場である電磁場の量子すなわち光子は質量がゼロである。
ところが、どっこい。素粒子は質量がある。クォークもレプトンもW,Zボソンも質量が測定されている。どないしょーーーー。ゲージ理論ってダメなのでーーーーわ?

そこでまずはゲージ対称な世界があって、その後に自発的に対称性が破れたということにしようぜ。。。 そーだそーだ。 それだな、ヒッグス機構、ヒッグス粒子などが考え出された。
しかーーし、ヒッグス粒子で質量が全部説明できるわけではなーーーいらしい。

  益川の本では、カイラル対称性の破れで質量が生ずるなどと書いてある。どの粒子の話か忘れたのだが。

そもそも陽子はクォーク3個で構成される・・・というのだがクォーク3個の質量を足しても陽子の質量にはかなり足りないのである。すると陽子の質量は?   というとエネルギーが質量に反映されているなどというとる。クォークの運動エネルギー、グルーオンの場のポテンシャルエネルギーなどが質量のほとんどを占めるのだぎゃー。プギーーー!!

てな話があって、電子の電磁的質量と特殊相対論での U/c^2という質量が一致しないという問題があるって知ると、ワタクシは質量とはなんだろうとドン詰まる次第である。電磁的質量は電子の場の運動量から導き出した・・・と思う。特殊相対論にしても量子力学以前の物理理論である。

ここで、ヒッグス粒子が出てきて、ヒッグス機構・ヒッグス粒子との相互作用に依って電子の質量はこれこれになるのであーーる、という明快な説明が出てこないのであーーーる。
ビッグス粒子は発見されたのだが、ヒッグス粒子とのこれこれこのような相互作用によってクォークの質量はそれそれの値にあるのであーーる、という説明もないのであーーる。
なんでクォークもレプトンも世代が右になると重くなるのか。そこに規則性があって、その規則性はヒッグス粒子との相互作用を考えると説明がつくのか?   などと妄想するのだが、ワタクシが入門書を読む限りはそこらは分かっていないと書いてある…気がする次第である。

質量とエネルギーが等価であるというのは量子力学の前の古典物理の世界からある。ミクロの世界では質量とエネルギーの転化が普通に起きるとかの説明ではハイゼンベルクの不確定性原理が使われる。量子力学が入ってきた。
ある微小な時間内であればエネルギーが膨大になってもよい、その時の膨大なエネルギーが粒子として観測されるのがハドロンである。そしてハドロンの寿命は10^-8 (s)~ 10^-23 (s) とかの超・短寿命であり、一瞬でさえない。加速器でハドロンは数百と検出され、そのハドロンを説明するためにクォークというより基本的な素粒子が考え出されたのであった。

うーむ。あまりワカランが まったくワカラン(笑)

まあしかし、再度 質量とは何か について書いてある入門書を探して読むとしよう。雑学程度ではあっても物理の知識が広がったので今度読めば何か違う印象を得る可能性がある。

実はこういう事はプロ野球の昔の話とも関連がある。直接の関連ではないが、ともに共通する何かがあるのだ。元プロ野球選手らのYoutube動画で昔の話を聞くと、ああ、あれはそうだったのか・・・という事が分かる。じつはあの監督はそういう性格だったんだなあ・・・ワタクシはスポーツ紙、漫画に書かれているもので判断していたわけであって、書かれている事が事実とは限らない。ウソではないにしてもその監督の性格の一部に過ぎない。そこだで。

欠けていたのは視点を意識して変えて見るという事がなかったという事だ。ものごとを複数の視点からみようとしない人を馬鹿という・・・というのがワタクシが私淑する精神科医の言葉である。逆にこれはカルトにとっては役立つ。ものごとを複数の視点から見させないようにする、信者は教祖の言うことだけ聞け…・カルトの典型だ(笑)
今の情報化社会でそんなの無理ぃ・・・と考えるのは甘い。情報は簡単に遮断できるのだ。子供の頃からアタマを鍛えることのない教育では・・・どーたらこーたら・・・という話は辞めといてだな。

ワタクシは巨人の連敗が意味するものを妄想している。9月以降あまりにひどい・・・たぶん中田翔獲得も一因であり、他にも原因はあり、だろけど。ようするに連敗は選手らが原とは一緒にやりたくないという本能の発露なのである・・・と妄想する。彼らもプロなので成績低迷は年俸に直結するんだけどな、本能が抵抗しているのである(笑) 妄想は楽しいぞ。

で、物理の話は?    そーそー。忘れた(´・ω・`)

posted by toinohni at 08:42| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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