2021年02月25日

懐古趣味になったのかに かにかに

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%83%94%e3%83%a5%e3%83%bc%e3%82%bf%e3%83%bc%e6%99%82%e4%bb%a3%e3%81%ae%e5%88%b0%e6%9d%a5%e7%a2%ba%e4%bf%a1-%e5%a7%ab%e8%b7%af%e3%81%a7%e8%b5%b7%e6%a5%ad%e3%81%b8%e3%81%ae%e6%80%9d%e3%81%84%e8%86%a8%e3%82%89%e3%81%be%e3%81%9b-2/ar-BB1dZSZv

ワープロソフト「一太郎」の生みの親でもあり、ソフトウエア開発・販売の「MetaMoJi(メタモジ)」(東京都港区)社長の浮川和宣(うきがわかずのり)氏(71)と妻で専務の初子氏(69)が出会ったのは、1969年、二人の母校だった愛媛大の「アマチュア無線部」説明会だった。

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ジャストシステムの一太郎の生みの親である両氏が登場だ。懐古趣味かよ。

ということは次に SORD で一時期はベンチャーの雄と賞賛された椎名が出てくるかね。
SORDはPCとOSとアプリと、80年代前半は活況があったが、やがて東芝に吸収され、そして消えた。
ワタクシは国内ではベンチャー企業は育たないものであるのか、と思った次第である。米国ではガレージベンチャーのマイクロソフトが大成長し、その後もDELL, GateWay, COMPAQ, などなどが大成長したのだった。そして消えた・・・ DELLは未だに大企業であるけど。

国内では知る人ぞ知る、知らない人は知らない・・・ そりゃそうだ。ロジック・システムズ・インターナショナルというベンチャー企業が80年代にはあった。ただ、この会社はパソコンの開発・設計をするのみで製造は外注である。さらに自社ブランドではなく外資大手のコンピュータメーカーにOEMをしていたのである。
開発・設計に注力し、製造・販売は外注を使う・・・というビジネスモデルの先駆けか・・・と思ってはいけない。OEMなので自社ブランドでの勝負ではなかったのだ。
DOSの時代であった。

いま、記事の浮川夫妻が創業したジャストシステムがどうなっているかは知らない。だが夫妻は未だに起業家として活動しているようだ。おつかれさまである。そういうの続ける事が生きている証なのだろう。団塊の世代の特徴は死ぬまで働く、だ。働かないと精神的に安定しないのだろなあ、この世代は。 ワイは働くと負けだと思っておるおる。(笑)

で、なんで懐古趣味のような記事が出てくるか。それは世紀末だからである。。。というのは違う。経済社会ではある意味では閉塞感が漂っているからである。
何もかもが飽和した時代である。という視点が考えると現代を理解するのに役立つかも知れない。
ワイのように紅顔の少年の頃は壊れた真空管ラジオを分解して遊び、そこから部品取りをして小さな電子回路を組んで楽しむ・・・その後にトランジスターに移行し、大学出る頃はLSIが主流になっており、8bit CPUでCP/Mが走り、そのうち16bit CPUになりMS-DOSが流行り、ってのが80年代だったなあ。

90年代なかばからWin 95が出て、ベンチャーも大手もWindows PCマシーンを出して、そして価格競争等で10年過ぎるとほとんどが撤退した。

壊れたラジオで真空管をいじった記憶があるワイのようなのも今は高齢者だろ。真空管からトランジスター、IC、LSIとデバイスの発展と共にワイは年をとったのである。

今の若者はある程度、そこらが飽和した時代に生まれ・育ち、世の中の技術的な面での変化というものも経験する事は少なかろう。 幼稚園の頃からスマホいじってたりして。

で、いいたいのはそこではない。

なんでいま、懐古趣味か。さー。しらんもんね、わい。

だいたい、今でも目端の利く連中は何かやる。優秀な若者も、寄らば大樹の影、という発想ばかりではない。大手に入っても飛び出して行く元気の良い連中はいる。たぶん。

で、何を言いたいん?   うむ。そこだがな。もう焼酎飲んで酔ったので書き出しの頃の記憶がないのであるぞ(笑) じゃあ、さいなら。

posted by toinohni at 18:18| 東京 ☀| Comment(0) | ソフト系雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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