2021年01月08日

素粒子論って話が大ぼら過ぎて (笑) 稲 麦 タンポポ

物質を細かく細かく細かくしていくと、最後はこれ以上は分割できない対象単位がある・・・と昔の昔のギリシャ人は考えたそうな。今から3000年だか昔なのかね。知らんけど。

それをアトムと名付けたのだが、現在はこれ以上分割できない粒子は素粒子というのである。たぶん。ただ、素粒子というのだけど、それは粒子ではない。。。とか変わる。

で、物質は分子だ、分子は原子数個だ、原子は原子核と電子だ、原子核は陽子と中性子だ、陽子や中性子はクォークで構成される。

クォークはこれ以上分割できないのだひでき、うむうむ。じゃあこれで終わりか、話は。

とはならないのである。

入門書を読むとクォークやレプトンは3世代6種類あると書いてある。問題は、それらはどこにあるのか?  だ。 世の中にあるのは(安定してという意味で)、u , d クォークとe (電子)である。
他のクォーク、レプトンは世の中に存在しないのだ(安定しては存在しないという意味)

つまり、この分野は 世の中にないものを 研究対象にしている、という事だ。

物事の究極の物質は?  という疑問から始まったのに 世の中にはない物質の研究をしているのだ。なんだ、これは!! 
という疑問を持たぬ科学ファンは何も理解していないのであろう(笑)

素粒子論の先端研究はワタクシには妄想の世界のように思われるのである。それらをわかったようなしたり顔で言う連中はオツムが怪しいと思う次第である。
まあ害はないからいいがな(笑)

とは言え、自然を研究した結果、ワガハイのような「みたまんま自然観」というか「素朴な自然観」というか、そういうもの、ひいては「素朴実在論」というものも影が薄いのである。

時々、有名な物理学者が言う。「われわれの ものの見方に 変更を迫っている」

ワガハイのように 変更を迫られても 断る、と言うのも一つの生き方である。どうせ、超ひも理論が正しかろうが、間違っていようが、わしには何の関係もあらへん、なのである。

ちみいぃらの妄想など、わしには関係あらへん。。。。 これがここ数年、科学啓蒙書を読んだワタクシの総括である。どーよ。 科学モノの本を売りたいならば縦書きはよすんだ、KBB。

posted by toinohni at 12:59| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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