2020年12月01日

ものすげーバカを感じる表現 なんですとぉ

努力の天才とかいう言葉がある。バカのシンボルだな、そういうの。そういう発言をする奴がバカであるという意味で。天才は天才なんだでや。当事者のその天才が、謙遜して「いや、私は天才ではなく、たんに努力を地道に続けただけです」というと対応するテレビの司会者・アナウンサー・MCなどが、いやー、努力の天才ですねー、とかいう。バカまるだし。アホまるだし。
天才は天才なんで、そこは素直に天才だといえばいいだけ。
努力ってのは前提なんでね。そんなのはどうでもいいんだよ、天才にとっては。


もうひとつが、ゼロに何を掛けてもゼロ、っていうバカがいる。テレビ番組でも警察モノでゼロ係というのがあったが。そこでも、ゼロ係をバカにして他部署の刑事等が「ゼロに何かけてもゼロ」というとった。
バカの典型、アホの典型。ゼロに何かけてもゼロってわかっているのだったら、かけるなよ、バカタレ。むかっ腹が立つのは わかっていてもその程度だという低レベルの発想だ。バカとアホはそういうものだ。ゼロに何掛けてもゼロだとわかっているのだったら掛けるなや、バカタレ。
足すんだよ、足せばいいのだよ。ゼロには何かを掛けるのではなく、足すんだよ、バカタレ。


というようにドラマなりバラエティなりで なんとなく普通に聞こえてくるような そういう言葉の中に ワイはむかっ腹が立つことがあるなのです。

努力の天才って 褒め言葉なのか。バカにしている感じが満開だで。努力は前提だってわかってないのか、そういう事を言うバカは(笑)
ゼロに何掛けてもゼロってわかっているんだったら、掛けるなやバカタレ。足せよ、あほたれ。

こういう感じでムカッパラが立つのは政治家の発言に対してもそうだけど。
脊髄反射で文句だけ言うのが仕事のような野党の中でもバカタレとアホタレは目立つからなあ。無能の証明を続けているって気づけよ、バカタレ(笑)

かといって、だんまり決め込むとそれはそれでワタクシはアホタレというしかないのだけどな。

このように、社会はバカタレとアホタレが充満している、蔓延していると考えると不満なし、なのである。 だって にんげんだもの by ニセみつほ

なんだすとーーーー!!

   もう一つ、書く。巨人が惨敗した。これでいろいろと記事があるが、中には「巨人の選手らはプライドを捨てろ」というものもあった。ワガハイはびっくりした。意味がおかしい。
人間、プライドなくして生きていけるかよ、バカタレ。プロ野球選手だってプロとしてのプライドがあるから生きていける。プライドを捨てろって、人間やめて猿になれっていうのかよ、アホタレ。
プライドはあって当然。プライドは高いほうがいいぞ。そして、そのプライドを維持するだけの成績を残せ、アホタレ。巨人の選手がプライド捨てたら毎年、最下位でもヘラヘラしているってことだぞ、アホタレ。
プライド捨ててどうするかよ、バカタレ。まったく ものを考えないで その場の気分と勢いでテキトーなことをいうバカにはムカッパラが立つ(笑)

関係ないけど、数年前の高校ダンスで話題になった大阪の登美丘高校のダンス部の部室には「恥を捨てろ」と大きな張り紙があったそうな。これは実にわかりやすく納得できるものである。

芸人が舞台で恥ずかしそうにやっていたら見ていてドッチラケだしね。

とりあえず、バカタレのアホタレの・・・って思う発言は気づいたら書くぞ・・・

おまいが一番のバカタレじゃーーーーとか いわんといてね おねがいでちゅ。

posted by toinohni at 14:22| 東京 ☀| Comment(0) | 日記もどき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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