2020年09月04日

質量の起源 広瀬・講談社BB 1994

この手の本は縦書きは辞めてくれ球へよ、講談社さん!!  頼むよ(笑)

著者はこの分野の入門書をいくつか書いており(講談社BBで)、なかなか初心者向けの説明がうまい人であると感じる次第である。テキトーである。
で、どうやら素粒子論はゲージ場の理論が中核にあるらしい。場の量子論とゲージ場の理論が素粒子論を駆動するのである、どーよ。
そして、対称性がどーたらこーたら書いてあるのだが、空間対称性とか時間対称性とかは置いといてゲージ対称性が主眼である。
で、どうもワイはちんぷんかんぷんである。自然は対称性があるのが普通ではない。ゲージ対称性が守られていたら何も起きず、つまらん世界になる。そこに、自発的対称性の破れというものが生ずる。自発的対称性が破れるのではなくて、対称性が自発的に破れるという意味である。まるで自然が意思をもっているかのようである。
もともとは対称性があったのだよ、ちみぃ。。。。 それが破れた結果、現在のわれわれがいる宇宙ができているんだよ、ちみぃ・・・・ ってかね。

ゴールドスットントンボソンなんてものも出てきたぞ。

ヒッグス粒子が2012年に発見された。素粒子の標準理論で予言された粒子は全部見つかったぞ、おっしゃー、じゃ次は?   次はなにしてんの?  CERNでは。なんて話はこの本にはない。だってえーーー、1994年の本なんだものおぉ・・・・

ゲージ場の量子であるWボソンは質量ゼロである・・・べきである・・・だが、実験で質量はデカイの分かっている。どないすんじゃー? 
   という時に、ものの考え方としては質量があるゲージ場のボソンが見つかったのだからゲージ場の理論は疑わしいと考える連中はいなかったのか、いて当然だろ。
あるいは、Wボソンは実はゲージ場の量子ではないのではないか?  って疑問はどうよ。

などとワガハイは想像したり妄想したりして楽Cーのだが、きっと紆余曲折があり、仮説が出ては消え、消えては生まれ、そして消え・・・・ 結局は生き残ったのが今の理論というか解釈というか、なんだろうよさ。

理論が出た当時から正しい解釈でスムーズに理解されるって事はな、ないと想像する。ディラックの陽電子予言だって理論が28年に出てからディラックが四苦八苦して3年ぐらい過ぎてやっと陽電子を確信したのでしたね。
湯川中間子は35年に出た理論だが、当時は中間子は一種類だと信じ込んでいたろ。それが20年後には中間子は何十・何百と検出されたのだった。
まー単純に物理学者の予想通りに進むとは限らない。自然は人の都合で出来ているものではないらしいからなあ(笑)

で、ワイはゲージ対称性があるとゲージ場の量子の質量はゼロでなければならない、というところが理解できないのである。なんで?  
質量ゼロのゲージ場の量子は光子とかグルーオンがあり、そのチカラの到達距離は無限大であるって書いてある。光子はそうだろなあ。電磁場の量子だし。。。 グルーオンのちからの到達距離が無限大って ワケワカメ。 グルーオンってハドロン内部にあるものだからチカラの到達距離が無限大ってナンダギャー!!   

というわけで、結局、わかりませんでした、キリッ)

posted by toinohni at 07:18| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください