2020年04月02日

志村けん が亡くなり、Youtubeで昔のコントを見たら、とんでもないことに

志村けんとキャンディーズのコント・・・・・見たら僕は笑いながら涙ボロボロだ。

昔、竹中直人でお笑い番組で 笑いながら怒る人 ってのやって大人気だかの思い出した。35年ぐらい昔かね。

で、予は今、笑いながら涙ボロボロと泣く人 になっている。志村けんが亡くなり、キャンディーズのスーちゃんもとっくに亡くなっていて。
悲しいのだけどコントは面白いので笑うが涙がボロボロだ。

コントは面白い、だが志村けん、スーちゃんを見ると涙がボロボロだ。

面白い かつ 悲しい ・・・・・・ このアンビバレントな心。

朕は今、面白くて笑いながら 悲しくて涙ボロボロ という自分としては新局面に陥っている。

だが、光が波の性質を持つと同時に粒子としての性質を持つ。光の二重性だ。そして電子も粒子でありながら波の性質を持つ。電子も二重性だ。物理を知っている麻呂は考える。

人の感情も二重性を持ちうる。怒りと同時に哀憫を持つ。面白さと同時に悲しみを持つ。

竹中直人の芸としての 笑いながら怒る人 ってのはワイとしては慧眼であると再認識する。

自然がこのように二重性を持つ。人の心理だって二重性があって当然だ。むしろ二重性を持つのが普通であって、単に一つの感情だけ・・・という場合こそ異常であり問題となるだろう。

なんちて。

ただ、バカにはワイが言うとる事はわからないだろう。なので、ワシはバカき相手にしない。
バカの典型は脊髄反射で文句だけいう連中だ、だれとは言わないが野党のあれとか芸タレのあれとか。

ただ、そいつらは実はバカではなくて、目立つためにそうしている・・と解釈すれば、そこにもまた二重性がある。バカである と同時に バカではない、という様相だ。そこだな。

posted by toinohni at 17:42| 東京 ☀| Comment(0) | 日記もどき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください