2019年11月27日

素粒子ってなんだろな   知るかよ、そんなの!!

素粒子論はなぜわかりにくいのか  吉田伸夫

クォーク2 南部

クォークの不思議 外人

   こういうの読んで分かる人がいたら素敵!! スマートな頭脳ですわ。ワタクシは断片的に知る事はできるが理解することは出来なかった。考えるとドンづまる。なので考えないほうがいいぞ。

50年代に加速器の性能が上がると新しい粒子が数百も発見された。物理学者は分類し規則性を探し、だ。何百もの粒子はハドロンとレプトンに分けられ、ハドロンはバリオンとメソンに分けられ。
そうやっているうちに一つ階層を下げたらうまく説明がつくのではないか、と勘づいたのがツヴァイクとゲルマンだ。独立してクォークを考えた。初めはu,d,sの3種である。その後、クォーク理論は発展しu,d,s,c,b,tの6種類に増え、さらにそれらは3つに区別されるとして量子色力学が登場だ。
こういう流れは読めば知ることは出来るのだが、考えるとどんづまる。そもそもなんで加速器で衝突実験するとそういう粒子が出てくるのだ?  それは試料のどこかに潜んでいたのか。そうでないとすれば、どこにその粒子のタネがあったのだ?  まさか、衝突の際にエネルギーが質量に転化したなんていう話ではないだろな。

で、原子核は10のマイナス15乗ぐらいだ。その原子核の中に陽子、中性子があり。陽子、中性子の中にクォークが複数あり。。。、。 それだとクォークっていったいどんだけー小さいねん。
しかもクォークは単体で検出されないときた。単体で検出されない妄想の粒子に質量や電荷やスピンやらを与える。
さらにクォーク間を結びつけるグルーオンなるものが登場だ。これが陽子の内部での話というからなあ。クォークから見ると陽子って、だだっ広いんかいな。まてまてクォークって単体では検出されないのに、大きさってわからんではないか。

ここらでイメージとして古典的な粒子を持っている事に気づくワタクシ。電子は粒子かつ波というのが量子力学での扱いだが、それはそう扱うだけであり電子像を表示しているわけではない。
電子の二重性のうち粒子性に対しては点粒子として質量、電荷という属性を与え、波動性に関しては波動関数が担当するという扱いだ。あくまでも量子力学はそういうふうに電子を扱うという話であり、電子の実体を記述しているわけではない。

レオンレーダーマンは詩人のための量子力学で「素粒子は真空の泡立ちである」と書いておる。
場の量子論では場の励起モードを粒子と言いくるめる、と佐藤文隆は書いている。
場の励起状態が素粒子であると吉田伸夫は書いておる。
うろ覚えである。

ようするに、ここに古典的な粒子像は皆無である。

ところがクォークの分類表を眺めると古典的な粒子像を想像するワタクシ。元素の周期律表のようなものをイメージする次第である。

まあいいや。素粒子って何かなあーーって分からんでも困ることはない。m(_ _)m

posted by toinohni at 08:55| 東京 ☁| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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