昔の昔のギリシャの賢人は物質を細かく細かくしていくと最後は、これ以上細かく出来ないものになると考えた。それが基本的なモノであって種類は少なくても組み合わせは膨大であると考えた。なかなか慧眼!! ビックラ。
そして現代科学は原子、クォークまではその路線で来た。原子はu,d,eとクォーク3個の組み合わせである。原子核は陽子・中性子からなり、その数の違いで原子は100余が周期律表に載っている。
なかなか合理的な考えだ。
そして、クォーク。1950年代に大量に発見されたハドロンを説明するためにクォークが考え出された。ハドロンは数百に及ぶ。そしてクォークは標準理論によると36種だ。QCDと反クォークを考えると3世代6種類の3倍(QCD)の2倍(反クォーク)で36種類になる。
標準理論は相対論的場の量子論を基礎として場の量子論で記述される。SU(3)✕SU(2)✕U(1)である。ここにゲージ場が3つあるがチカラの統一を夢見る物理学者はゲージ場は一つでいいはずだと考えて大統一理論を考えた。
その単純な理論はSU(5)GUTであり1976年にジョーシャイ・グラショウが提案した。だが、この理論は否定された。陽子寿命でうまく行かなかったようだ。だがSU(5)GUTは廃棄されず修正されて残った。SU(5)超対称性理論である。
それはスーパートナー粒子を登場させる。つまり、素粒子の種類が増える。標準理論でも素粒子の数は60 + 1 あるのに、まだ増える。
そこでワタクシは閃いた。ギリシャの賢人らが考えたアイデアの逆を。
つまり、素粒子の数は膨大である。それが淘汰されて現在の素粒子の種類にいたる。初めに膨大な数の素粒子があり、それが淘汰されて現在の数に絞られた、と考える。基本的な粒子は少なく・・・・というギリシャの賢人の真逆を思いついたのである。
こうなるとビッグバン直後には膨大な種類の素粒子があり、膨張とともに淘汰される仕組み・経緯があるのだ・・・ということになる。
基本的な粒子は種類としては膨大であり、淘汰されて今日の素粒子の数にいたる、という考えである。
そもそもクォークはハドロンを説明するために生まれたアイデアである。そのハドロンの寿命は10のマイナス8乗 ~ 10のマイナス23乗という超・超・短い(陽子、中性子を除く)。つまり安定した物質ではない。
よってに、結局、残った安定な物質はu,d,eが作る原子である。数百のハドロンは役立たずなのである。淘汰の一形態なのである。
ワタクシは素粒子の数は膨大であり、淘汰されて現在の素粒子の数になったと考える。
基本的な粒子は膨大であった。ビッグバンの時に。
どーや。今日の妄想は素晴らしい!! うむうむ。こういう妄想こそが楽しいのである。
知らんけど。