「ファインマン・電磁気学」、「ファインマン・電磁波と物性」でマクスウェル電磁気学が100%ではないという事を知った。だいたいの電磁気学の教科書では電子の、というより点電荷の自己エネルギーの発散については避ける。
高橋秀俊「電磁気学」裳華房 97年第35冊では、この問題は素粒子とも絡み厄介なので本書では触れない、と放棄している。
点電荷と考えると発散するのであれば球状を考えるがよい。そこで半径aの球として電子を考えるとどうなるか。発散はしないが別問題が出てくる。電荷が球体の中に分布している構図なので、負の電荷どおしの反発があるはずであり、なのに球体としてまとまっているからには何らかのチカラが必要になる。ポアンカレー応力というものがひねり出された。
わたしのわたしのカレーはインドカレーと歌ったのは麻丘めぐみである。ちがーーーーう。
ではポアンカレー応力を考えて電子を半径aの球体と考えて、その大きさはいくらになるか。といった理論展開はことごとく破綻したらしい。失敗した。天才・ディラックもボルンもファインマンも失敗した。と、ファインマンは書いているが、ファインマンの本は1960年ごろのカルテックでの講義が元らしい。それから半世紀過ぎている。電子の自己エネルギーの発散を解消して、その後の量子論ともつながらなければならぬ。そういう理論はない。
では、この問題は解決したのか?
「マクスウェル方程式の基礎」太田浩一・東京大学出版会・2003年、「電磁気学Ⅱ」太田浩一・丸善・2002年 に書いてあった。
シュインガーが1983年に解答を与えた、らしい。太田浩一の本はワタクシのような工学部で電磁気学を学んだ者にとっては難しい。出来の悪い学生であったワタクシは今は浅学非才!! 不勉強が身に滲みる!! と悔やむのみである。
電磁気学も学部レベルの次の大学院レベルになるとマクスウェル方程式は一行になる。もっとも右肩、右下の添字の機能でそうなるので実際に解く場合には複数の方程式になるのだが。
ワタクシは来年は1983年にシュインガーが解答を与えたという理論の内容を理解したいのである。電磁気学の理解は物理学の理解につながる。なんちゅーーーて。
とにかく、浅学非才!! 不勉強が身に沁みるのであるが、この反省が40年前にあったならばワタクシはもう少しマシな人生だったろうと自身を笑うのみである。わっはっはっ。
点粒子と考えるのがマズイ、紐にしよう。紐だぜ。。。 あいつ、ヒモやってんだって、女にたかって生きているぜーー ちがーーーう!!
その紐理論は、超ひも理論に成長して・・・2000年頃にブライアン・グリーンが「エレガントな宇宙」で大ぼら吹いていたの思い出した。副題が「超ひも理論がすべてを解決する」だった。大ぼら吹きのブライアン・グリーンである。その本で、この分野は今後10年で画期的な成果を出す、と予言した。それから20年過ぎて、なんも出とらん。画期的な成果ってなんだよバカタレ、とっとと本を書いてくれよ、その画期的な成果について。
超ひも理論に関しては懐疑的な姿勢を持つ物理学者は多い。グラショウもそうである。「クォークはチャーミング」というグラショウの自伝を読んだが、超ひも理論に関しては懐疑的だとサー。
そこらは「クォーク2」南部陽一郎も、超ひも理論が究極理論であるかどうかはわからないと書いている。紐のアイデアは南部が1960年代に出したのであった・・・うろ覚え。南部陽一郎はアイデアの種まきが仕事なのであった。タネを撒けば誰かが育てる可能性はある。芽が少しでも出たら誰かが注目する。南部陽一郎は天才的な種蒔き師とも言える。
しかし、物理学者でちんちんシュッシュの種蒔き師もいた。シュレディンガーである。彼は生来の種蒔き師であった。愛人多く。うらやましーーーーー。なにそれ。
つまり、電子の自己エネルギーの発散は100年ぐらい前にローレンツによって指摘されていて、それがまだスッキリと解決していないのか。
そんなこと言ったら量子力学の波動関数Ψの解釈もいまだにスッキリとはしていない。コペンハーゲン解釈は実用的ではある。デビッドボームの量子力学も正しいとされているらしい。解釈は実験値と一致するように作られる。実験結果と合わない解釈は消える。ということは解釈は何重とある・・・ってことになろう。ななんちゅーて。
アインシュタインが一般相対論を発表した1915年から100年ぐらい過ぎて、その理論から予言された重力波が2016年(うろ覚え)に検出された。一つ、スッキリした。
1960年代終盤にヒッグスらがweakボソンの質量獲得のために考え出した仕組みの中で存在するべきだというヒッグス粒子が2014年ごろに検出された。素粒子の標準理論で予測された粒子が出揃った・・・ 50年が過ぎた。長生きしないとノーベル賞はもらえないぞ。
今日は年末だって・・・ そーなんだ。じゃ寝る