2020年09月04日

ワガハイのラーメンおもひでボロボロ

うまいラーメンとは?  それは、美味しいんですね。おいしいんですよ。ただね、チェーン店のラーメンってたべている時は美味しいんですねぇ。だけど見せを出てから口の中にイヤーな感じが残るものがある。化学調味料濃すぎたか(笑)
個々ね。たべている時にマズイと思ったラーメンはワイは過去に一度もないのである。だが、二度と食べるかよ・・・と見せを出てから感じたラーメンはたくさんあるのである。

ここらがリピーターになれない原因だ。たべている時は美味しいの。うまいの。すばらしいの。だけど店を出てから次はもういいやって感じのが多いのである。

ワイは クルマ屋ラーメンの大辛味噌が好きだ。年に2回食べる。それで十分。あれは毎週たべたくなるものではない。夏場はやめだ。たべている最中に汗がドドッと出てくる。
だが、うまい。たべているときも美味しいし旨い。店を出てからも口のなかに何か残るという感じもない。だが、次は半年後だな・・・・と思う。
たべている時は美味しいが、店を出てたら二度と食うかってラーメンと、次は半年後にまた来るでというラーメンの違い。

そこだな。スシローでもラーメンがいくつかあるね。一度たべたが二度とたべない。マズイわけではない。だが、たべた後で、店を出てから、スシローのラーメンはもういいやと思った。
この感覚。これをラーメン職人は理解しないとプロのラーメン屋としてやっていけないのではないか・・・・って。テキトーである。

さほど旨いわけでもなく、美味しいわけでもないが毎日食べた駅の立ち食いうどん・ソバ。朝食なので通勤している時はよくたべた。あれは週に4日ぐらいはたべてもへっちゃら。
さほど、うまい、というものではない。だが、リピーターになった。そこだな。価格とか待ち時間とか要因はいろいろあるだろうけど、オレは毎日でも食えた。
これがラーメンだとそうはいかん。仮にラーメンが250円ぐらいであってもワシは毎日はたべない。あんなの毎日食えるが、バカタリーノ!!

そう思いながら「ラーメン発見伝とかのドラマ」見た。漫画では清流房のハゲちゃびんがラーメンコンサルタントであったがドラマでは鈴木京子が扮していた。ハゲではない。ハゲだったら面白いのにな・・・と思ったのにハゲではない。
そのラーメンの天敵であるオバちゃん・・・・名前忘れたよ、息子が不祥事起こした例のオバちゃんな。それがラーメンを否定する言動をたくさん言うとったが、ワシは全面的に賛同するで。

ラーメンは塩分過多、味が濃すぎる。ラーメンばかり食っていると死ぬぞ!!  昔のテレビ番組でラーメンの鬼、って佐野ってハゲかけた人がいたが死んだろ。ラーメン食いすぎて死んだのではないとしても、だな。合掌である。

つまり、何をいいたいか。実は街のラーメン屋が激減している。ワイが生息する西東京市に街のラーメン屋があるかどうか・・・チェーン店はたくさんあるのだよん。
だいたい街の中華屋も激減している。チェーン店はあるのだよん。チャーハン作りをYoutubeで見ると、プロのね、あれは年取ったらできんよ。なので60代後半になると見せを締めるってのも理解できる。70才代まで頑張る人もいるかもだが。
厨房での立ち仕事だ。肉体労働だ。シンドイだ。たぶん。

というわけで、街中にあるラーメン屋にしても中華屋にしてもチェーン店ばかりであり、塩分過多に加え、濃すぎる味付けでボクは大嫌いなのだ。
クルマ屋の大辛味噌ラーメンを年に2回食べるだけど満足である(笑)

で、そのハゲの芹沢だが・・・ いや、ドラマは女性なのだが、そこらに言及しない。味が濃すぎる、塩分過多なのだ、というあたりを工夫しないとボクのようなタイプはチェーン店のラーメン屋には行かない。薄味、中味、濃い味とかの分類は出来ないのか。塩分が2gですとか、工夫すれば客は増える気がするのだがなあ。あかんか。

幸楽苑が近所にあったのだが焼き肉ライクに代わった。中華屋はダメかい。ちゅか、なんちゅーか、なんちて。幸楽苑は中華そば300円ぐらいの時はたまに行ったむどね。年に3回ぐらい。昔。

その後、値上げしてからは行かなくなった。そしたら焼き肉ライクになった。一回、行ったけど二度といかん。甘すぎて食う気になれん。たべている時はうまいが店を出てから口の中に何か残る感じがするというレベルではなくて、食べているときから甘すぎて食えん。
肉に砂糖をぶっかけて食うようなものだ。食えるか、バカタレ。もっとマシな味付けしやがれなさいまし。

ようするに、味は人によって変わる。万人受けする味付けなどないかもなー。

というわけでボクは外食禁止なんですわ。ラーメン屋は塩分過多で味が濃すぎてダメだ。焼肉屋はタレが甘すぎて食えん。

しかし、ワガハイは見つけたのだ。一番いいのは、松屋の朝定食。ほとんど味付けしてないからな(笑) 次がジョナサンやガストのモーニング・メニュー。これもほとんど味付けがない。せいぜい、醤油だ。ヤマサの(笑) しかもスープ・コーヒーがお代わり可能だ。いいぞ。

そういうわけで、最近は酷暑のせいもあってガストでモーニング食べながら涼んでしまいますね。ボクはエアコン持ってないのですね。高齢者が今の時期に熱中症で亡くなる記事を見ると、次はワイの番かな・・・と思うますね。でも、ボクは死なない!!  しななーーーい。ボクはしにましぇーーーーんんんんん!! 

posted by toinohni at 17:14| 東京 ☀| Comment(0) | 日記もどき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

原子核物理 入門書ですかね 丸善2017

  横書きである。化学反応式など見やすいのでいいである。

そういうわけで、感動したのである。ワガハイは星屑なのである。ワガハイは星屑から出来たのである。なむぅ・・・・
そんなこというと、ワガハイは宇宙の中心である・・・のではなくて、宇宙は中心とか周辺とかの特別な場所はないという意味で考えるとビッグバンはワガハイのいる場所で起きたとも言えるし、アンドロメダあたりで起きたとも言えるし、宇宙のいたる所がビッグバン時点では同じ空間だったようだ・・・かもしれないらしいのであり、ワガハイこそが宇宙の中心なのである。違うのである。

あれ、ワガハイが星屑から出来たとすると、ちみぃらも?  ひょっとして あんたらも?   なーーんだ、ワシラは星屑だったのかあぁ・・・・ !!
   なんだよ、わしらは ゴミからできたのかよ・・・(´・ω・`)

いや、ゴミとか瓦礫とか言うと格好わるいから星屑ってロマンチックな言葉にしようぜ。

おい、そこの 星屑やろう!!    それって、おれもじゃん(´・ω・`)

すまん、原子核物理について書くの忘れてた(笑)

とりあえず一つだけ。原子核は複数の陽子と複数の中性子で構成される。原子番号が大きい領域では中性子の数が陽子の数よりも多い。陽子の数が増えると陽子間の電磁気的な反発力が大きくなるので、それを中性子の数を増やして核力を増すことでカバーするのである。定性的な説明はそうである。コマケーコター分からんのである。
その他にもいろいろと知る事があったが省略するのである。

9月になっても気温が高いのである。台風が来て気温が下がるってのが普通であるが、ただ台風9号が強烈であって九州北部で被害があって、次の台風10号もまた強烈で九州に向かっているとかいうのである。勢力が衰えて右に曲がって関東に来て涼しくしてくれたまへ・・・って思うのである。 自然はワイの思い通りの動きはしないのである。なむぅ・・・である。

だけど、星屑野郎のワシって・・・素敵!!  

posted by toinohni at 10:31| 東京 ☁| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ナイジェリアでは紛争があるでばらん なにいぃ・・・・

https://www.voanews.com/africa/security-crisis-rural-nigeria-prompts-calls-action

It was dusk on July 24 when Emmanuel Ali said he heard the gunshots. A group of armed men entered his village in Nigeria’s Kaduna state, he said, and began setting fire to homes. 

Ali fled to the bush with his family and then returned to rescue his paralyzed mother, who was trapped inside her burning home.

---------------------------------------------

  ナイジェリアというか、ボビー・オロゴンを連想。からくりTVで面白かった。今年は家庭内暴力で逮捕されるという事件で話題があった。今、どうなっているのか知らないが出身地のナイジェリアは紛争が…まー、アフリカ諸国全般でそうかも知れないねぅ。紛争が日常茶飯事。

で、Nigeria’s Kaduna state の場所は?  地図ぐらい出してくれよ、VOAの記者さんよ。
image

ナイジェリアの中ほどにある。北東のチャドとの国境沿いでも紛争があるという記事を見た。チャド・カメルーン・ナイジェリアの国境近くで。そこでの紛争と Kuduna stateでの紛争は原因は違うみたいだが。。。たぶん。

The motives for the violence are complex.

Some attackers are bandits, stealing goods. Some are kidnapping people for ransom. There is also an ethnic and religious dimension. In Kaduna state, the Christian population lives mostly in the south and are predominantly farmers, and the Muslims are cattle herders and live in the north. They clash over limited fertile land for grazing and planting.

南部ではキリスト教徒が農場を運営し、北部ではイスラム教徒が家畜業を営み。民族と宗教の違いと肥沃な土地の奪い合いが背景にある・・・らしい。

ナイジェリア政府が軍隊使って平和維持を目指すか。

民族が違う、宗教が違う。産業が違う(一次産業の中でも)。肥沃な土地が必要だ。・・・ これで紛争が起きるならアフリカ諸国は紛争だらけだろよ・・・つーか、紛争は日常茶飯事であるようだが、これはとは別の原因もたるのだろう。

で、最近は新コロ感染の話題が減った。インド、ブラジル、ロシア等での感染拡大があった時は、これらの発展途上国での観覧拡大の次はアフリカだ!!  という声があったのだけどね。

https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-world-map/

南アフリカがアフリカでは傑出している。なんでか知らんぞ。民族?  社会構造? 

それはそれとしてコンゴで象さんが大量死した原因はまだわからんのか。象だけが罹るコレラみたいな病気なんだろと想像するのだけどさ。
豚コレラは豚さんが。鳥インフルは鳥さんが。新コロは人間が。この選択性はどのようにして生ずるのか、医療分野の研究者はとっとと救命してくれたまへやがれなさいまし。

うちの近所に保育園があって、朝方にたまにだが幼児がぐずって泣きわめく。母親が怒っても泣き止まないし。たまにだけど。うるせーのだよ。たまにだけど。オレ、子供嫌い!!

posted by toinohni at 07:57| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

質量の起源 広瀬・講談社BB 1994

この手の本は縦書きは辞めてくれ球へよ、講談社さん!!  頼むよ(笑)

著者はこの分野の入門書をいくつか書いており(講談社BBで)、なかなか初心者向けの説明がうまい人であると感じる次第である。テキトーである。
で、どうやら素粒子論はゲージ場の理論が中核にあるらしい。場の量子論とゲージ場の理論が素粒子論を駆動するのである、どーよ。
そして、対称性がどーたらこーたら書いてあるのだが、空間対称性とか時間対称性とかは置いといてゲージ対称性が主眼である。
で、どうもワイはちんぷんかんぷんである。自然は対称性があるのが普通ではない。ゲージ対称性が守られていたら何も起きず、つまらん世界になる。そこに、自発的対称性の破れというものが生ずる。自発的対称性が破れるのではなくて、対称性が自発的に破れるという意味である。まるで自然が意思をもっているかのようである。
もともとは対称性があったのだよ、ちみぃ。。。。 それが破れた結果、現在のわれわれがいる宇宙ができているんだよ、ちみぃ・・・・ ってかね。

ゴールドスットントンボソンなんてものも出てきたぞ。

ヒッグス粒子が2012年に発見された。素粒子の標準理論で予言された粒子は全部見つかったぞ、おっしゃー、じゃ次は?   次はなにしてんの?  CERNでは。なんて話はこの本にはない。だってえーーー、1994年の本なんだものおぉ・・・・

ゲージ場の量子であるWボソンは質量ゼロである・・・べきである・・・だが、実験で質量はデカイの分かっている。どないすんじゃー? 
   という時に、ものの考え方としては質量があるゲージ場のボソンが見つかったのだからゲージ場の理論は疑わしいと考える連中はいなかったのか、いて当然だろ。
あるいは、Wボソンは実はゲージ場の量子ではないのではないか?  って疑問はどうよ。

などとワガハイは想像したり妄想したりして楽Cーのだが、きっと紆余曲折があり、仮説が出ては消え、消えては生まれ、そして消え・・・・ 結局は生き残ったのが今の理論というか解釈というか、なんだろうよさ。

理論が出た当時から正しい解釈でスムーズに理解されるって事はな、ないと想像する。ディラックの陽電子予言だって理論が28年に出てからディラックが四苦八苦して3年ぐらい過ぎてやっと陽電子を確信したのでしたね。
湯川中間子は35年に出た理論だが、当時は中間子は一種類だと信じ込んでいたろ。それが20年後には中間子は何十・何百と検出されたのだった。
まー単純に物理学者の予想通りに進むとは限らない。自然は人の都合で出来ているものではないらしいからなあ(笑)

で、ワイはゲージ対称性があるとゲージ場の量子の質量はゼロでなければならない、というところが理解できないのである。なんで?  
質量ゼロのゲージ場の量子は光子とかグルーオンがあり、そのチカラの到達距離は無限大であるって書いてある。光子はそうだろなあ。電磁場の量子だし。。。 グルーオンのちからの到達距離が無限大って ワケワカメ。 グルーオンってハドロン内部にあるものだからチカラの到達距離が無限大ってナンダギャー!!   

というわけで、結局、わかりませんでした、キリッ)

posted by toinohni at 07:18| 東京 ☀| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする