2019年10月20日

ビッグバンというものがありましてん・・・へーそなの?

  ビッグバンが知られてから20年から30年ぐらいになるか。書店では入門書は多々あり・・・たぶん。
なのでビッグバンが一点から宇宙が始まったと思っている人も減ったであろう。ガモフらが提唱したビッグバンは今では宇宙の進化というか発展の一段階であるという認識が妥当だ。
ビッグバンの前があるのだ。

そもそもガモフは火の玉宇宙論を提唱したのであり、それは素粒子のスープ状態である。決して一点という示唆はしていない。火の玉宇宙論は用語としては流行らず、その理論を馬鹿にしてホイルが言ったビッグバンが用語としては流行った。ホイルは定常宇宙論を展開していたが廃れた。

要するにビッグバンは宇宙の誕生からしばらく過ぎた段階なのである、ということになる。

では、その前に何が?  インフレーション理論というものがある。だが、インフレーションが始まった時点も宇宙の進化というか変化というか、そういうものの一つの段階である。うむ。

さーて。困った。だんだんと妄想と幻想の世界に入りつつある。

マルチユニバースという考えがある。宇宙は137億光年が観測限界であり我々から見れば宇宙の果てとも言える。だが、その地点で見れば我々は137億光年の端っこにいるのであり、その地点からは向こう側に137億光年の宇宙があるだろうと考える。ようするに宇宙は無限なのである。

観測限界を宇宙のすべてと考え無くても良い。例えで言えば水平線の向こうにも世界は広がっている。

ここらの話になると人の考え方の変更をせざるを得ない・・・とかの話になる。観測限界が宇宙のすべてであると考えることはない。
量子力学のワケワカメと宇宙論のワケワカメが何だか類似してくる。我々にとってマクロな世界の極限と、逆にミクロな世界とは考え方を変えざるを得ないという類似がある。

日常世界から見るとチョー巨大な宇宙と、逆にチョー極小な世界とは、共に我々の日常の経験、体験から得られる感覚では理解できない領域であるようだ。

ビッグバンは宇宙の始まりではない。宇宙の進化というか発展というか変化というか、そういうものの一つの段階なのである。
人に例えると生まれたての赤ん坊のオギャーがビッグバンである。その前は胎内での成長というものがあるわけだ。

宇宙論は楽しい。想像と妄想と幻想は個人の自由だからだ。

数年前に超ひも理論での宇宙論の入門書で次のような話があった。川井なんとかさんという京大の先生の本だ。一般向けの入門書である。
宇宙は誕生し、成長し、膨張し、それから縮小に向かい、縮小も極限まで来ると今度はビッグバン状態になり・・・。要するに膨張・・・収縮・・・膨張・・・収縮を繰り返す。
その繰り返しの度に宇宙は進化する・・・らしい。何回目かの膨張では人類のような知的生命体が誕生した。過去にそういう膨張の回があったかどうかは知らん。
このサイクリック宇宙論では現在は47回目のビッグバンらしい。47というのは著者の年齢である・・・らしい。
超ひも理論からそういう話が出てくる・・・・らしい。

こういう妄想、幻想、想像、テキトー・・・という描写ができるところが、宇宙論は楽しいと思うところである。こういう話は検証のしようがないので言いたい人は好き勝手にどうぞ!! (笑)

しかし、考えてみると我々の、いや、少なくともワタクシの理解はすべてが妄想、想像、幻想である・・・ということも言える気がするなあ。
待て待て、それでは現実というのも妄想、想像、幻想であってな・・・・。ってか、段々と昔で言う精神分裂、今で言う統合失調症みたいな状況になりつつあるのか?
物理の最前線は統合失調症レベルだぜ(笑) ってかね。

まあ人の考えることですから。IQ88のワタクシではどうにも分からない事がIQぐらいの人だと簡単に理解シやがる・・・・くそーーー。

ただ、大きな声では言えないが、小さな声では聞こえない、キリッ)   いや、そういう話ではなくて、インチキ話ってワタクシは意外と見抜く事ができるような気がする次第である。
とんでも本って・・・・30年ぐらい前はいくつか出ていたが最近はGoogleで調べればかなりの事が分かる状況だと、とんでも本を書く能力も相当に高くないと書けないわな。
とんでも本も、今では、著者は自分でちょっと調べればわかることさえやっていなしボンクラである、と嗤われるだけだし。ただ、ボンクラだからこそ、そういう本を出すわけで。・。。。
出版社もボンクラなんだろよ。ウケ狙いで売れると思うかも、だけど。

で、ビッグバンの

posted by toinohni at 15:04| 東京 ☔| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする