2019年10月09日

Windows 自動更新

  Ubuntu 18.04LTSとWin 10とを起動時に手動で切り替えるようにしている。で、Win 10は普通はSleepだが使うときはリモートで起こしてHDDを保存用に使う。で、30分もするとSleepになる・・・・はず。

ところが、気づいた。これはDesktop PCなのだが、SleepになっているはずなのにFANの音が聞こえる・・・・えーー、電気代つこーとるぞ、こいつ・・・

Win10の更新があった場合に再起動したのだ。再起動するとUbuntuがトップなのでUbuntuが起動するのであるよ。。。。。

じゃあ、起動の順序をWin 10をトップにすればいい、あるいはWin 10の自動更新を停止すればいい、あるいはPCの電源を切っとけばいい。使うときに電源を入れればいい。んだんだ。

だが、ここは技術的な興味もあってWin 10をGrubのトップに設定したい次第であるぞな。

というのを検索してこれからトライしてチャレンジしてできたら寝る。できなくても時間が来たら寝る。その時はPCの電源を落とすのである。てへ

トライしようとして気力が出ず。CSの結果も気になるので明日やる。場合によっては明後日かも。まーそのうちやる。きっとやる。それまでPCの電源は落としとくですね。

posted by toinohni at 19:33| 東京 ☀| Comment(0) | ソフト系雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

かなり飽和した時代の真っ只中か

技術的には1990年代後半から2010年までは面白い時代だった、と思う。カシオのQV-10がデジカメの市場の扉を開け、そして数年後にはデジカメ市場が爆発的に広がり。1990年代後半の液晶技術のタマモノである。タマモノは賜物と書く。それはデジカメだけではなく液晶モニター、液晶プロジェクターと共通だ。
解像度がVGA(640×480)だったノートPC、液晶プロジェクター、デジカメは毎年のように解像度が上がり2010年にはフルHDが普通になり、プロジェクターは4k2kが出て。デジカメの解像度もそれ以上に上がっていって。
他にはCPUの競争だ。Intel, AMDがクロックアップ競争に飽和するとマルチコアの競争にシフトした。クロックアップは3GB代で飽和している。未だに10GBで動作するCPUはない。代わりに16コアという集積度向上は競争が続いたのであった。
そして、2010年代も終盤の今。ノートPCはコモデティ化し、解像度はSXGAぐらいで低価格だ。
CPUはインテルのCore i シリーズは第X世代になっている。知らんわい。

OSはどうか。Linuxの一つUbuntuは18.04LTS。それを使っている。WindowsはWin 10 (1903)を使っている。Androidは6.0と7.0を使っている。既に古い(笑)

で、私はハードもソフトも飽和していると感じている。2000年前後の解像度競争のような競争はない。CPU Clock UP競争もない。代わりに登場したマルチコア競争も飽和していると感じている。つまり、私が知るところの技術は多くが飽和している。

FPGAが登場した1990年代。私は注目した。当時、LSIの開発に失敗した経験があったのでFPGAが魅力に思えた。書き換えが可能だからである。だが仕事でFPGAを使うもののFPGAの専門家にはなれなかった。セット屋で設計土方をしていたからである。もちろん、セット屋はFPGAも使う。だが、FPGAの機能の一部を使うだけだ。例えばFPGAにCPU乗っけてSOCだぜーーという仕事は皆無であった。
そのFPGAも現在ではALTERAがインテルに買収されて3年。Xilinxは健在。Latticeも健在。とはいうものの、CEATECという展示会にAlteraもXilinxも出てこない。Latticeは出ている。

他にはZigbee等の通信技術も登場してから10年以上過ぎており飽和状態であると感じる。

技術に流行り廃りはある。廃った技術が蘇ることはあまりない。

ソーラーパネルが流行った頃は新しいデバイスの提案が技術展示会ではいくつかあった。有機なんとかデバイスとか・・・・。消えた。
日経エレクトロニクスという雑誌は新しい技術の紹介記事は書くが追跡記事は書かない。消えていった技術。。。。大量にあろう。

プラズマディスプレイが消えて久しいが自発光のデバイスで東芝とキャノンが組んで製造工場まで作ったのに消えた事例がある。2008年頃か。もう名称も忘れた。

ようするに現在は、かなり技術的にも製品的にも飽和してしまっている時代である。今後は代替需要はあるものの新しいモノは出てこないかも知れない。量子コンピュータとか喚いているだけで現実には何もできていない、モノとして実用になる気配はない。なんちーーーーてね。

では、どうするか。Clock Up競争が収束したCPUはマルチコア競争にシフトした。何がしかが飽和したと感ずるならば別の分野にシフトするだけだ。
その別の分野は、目端の利く連中が開拓する。IQ88のワタクシの頭脳では何も予言できぬ。

今は目端の効く連中に期待する。飽和した状態でブレイクスルーを作るのは限られた天才たちだ。世界のどこかにそういうのがいるはずである。

さて、酒が切れたぞ・・・コンビニに行くか(笑)

posted by toinohni at 18:34| 東京 ☀| Comment(0) | ソフト系雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

騙し 合戦 釣り合戦 嗤うしかない業界

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https://www.iijmio.jp/hdd/miofone/

騙され続けて数十年、ワテの右に出る者はおまへん、キリッ)

  IIJの宣伝。今なら月額300円・・・・すっげーチャンス。で、これがずーーーと続くのか、今、契約すると月額300円がずーーーと続くのか。
と、騙され続けて この道 数十年 のワタクシは考えた。
今、IIJを使っている。月額1600円である。それが300円になるのだったら解約して、また契約しちゃるでーーー。とIQ88の頭脳は考えた(笑)

10月31日までお得!   って小さい字で書いてある。ここがバカがバカを騙す構図の典型である。
ただ、こういうの10月終盤では何の意味もないだろに。単純に考えて10月31日までが300円ってことだろ・。・・・・と。
月額300円が数年間続くとなるとメリット大ですが、そんな太っ腹ではない。ようするに、釣り広告の典型だ。バカがバカを騙す構図の典型だ。

こういうのルール違反ではないのか・・・。 違反ではないと開き直るか。消費者に誤認させる仕掛けをして、騙す。違反ではない。

釣り広告は消費者に誤認させる仕掛けを作る。今なら月額300円がずーと続くと勘違いさせる。バカがバカを騙す構図の典型である。死んでしまえ、IIJ。
ワタクシは1600円の使っている次第である。3GBデータが余ってしまう。使い切れない。3GBは要らない。1GBでいい。月額料金を500円ぐらいにして欲しい(笑)

というわけで実際に3GBを使い切ったことはIIJを契約して3年間で一度もない。だって室内ではキャリアの電波を使うことはないのだし。Wi-Fi使うし。光の。

そういうわけなのでデータは1GB未満でいい。音声SIM必須。それで1000円ぐらいのないかに? と探しているのである。IIJでガラケーで1000円未満があるのだがメール使えないので却下ね。

イオン、楽天、その他と探している次第であるが、この手の広告は小さい字で大事な事を書いているので注意ね。

バカがバカを騙す構図の典型だ・・・・ ってか、広告って多くはそういう釣り要素があるのだよね。悲しいね、カネのためには良心もなにもない。法律に違反していないからいい、そんな姿勢が垣間見える。大企業も中小零細もインチキ詐欺師らも、共通してカネに心が食われている。

そんな社会は改革しなければならない。資本主義ではだめだ。共産主義も社会主義も歴史が失敗だと示している。そこで新しい仕組みを考える。カネが人を駆動するのは事実だが、そこに方向性を制限する。
神による経済社会を。人ではなくて、神が支配する。その神は既存の争いの元になっている神々ではない。新しい神。既存の宗教の神を超越するスーパー神。
それはワタクシである。なんちーて。妄想は楽しいなあ(笑)

posted by toinohni at 18:05| 東京 ☀| Comment(0) | 日記もどき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

詩人のための量子力学 レオン・レーダーマン/吉田三知世訳 白楊社 2014

  詩人のための、というのは読者が理工系学生・OBではないと言うことかに?  文系の人が読者対象ということかに?  ただ、文系でも哲学科などはものを考えるのが得意な連中だろに。なので哲学科学生・OBは優秀なんだぜ、。。。という偏見を持つ私。
まー、私は詩人ではなく単なる引きこもりなのでレオンの本は私向きではないな、てへ。

以上、前振りであった。この本は一般読者向けの本ではあるが量子力学に興味を持つ人ならば誰でも読むと楽しい内容である、詩人だろうが科学者だろうが引きこもりだろうが関係なく(笑)

EPRの話。二重スリットの話。これらは従来の量子力学で考えると不思議な事のように思えるがファインマンの経路積分を使うとスッキリとする。ただ、不思議な事象を説明するために不思議な仮定を持ってくるので分からないモノを説明するために、もうとつ分からないモノを持ち出してくる感は否めない(あくまでも個人の感想である)
 
  とりあえず量子力学の発展史というか物理学史というか、そういうものを知る事はできる。アインシュタイン、ボーア、ハイゼンベルク、シュレディンガー、パウリ、ディラックといった時代の俊英たちの業績を知る事ができる。

そして量子力学の一般書にもベルの定理が登場する。これな。分からんのですね、私には。まー、ベルの定理で悩まない人はアタマに石が詰まっていると言った物理学者もいるので、分からないって事はたいした問題ではない。

この本ではディラックの相対論的量子力学の話、そこから反物質が導き出されたという話はあるが、理論として「場の量子論」という言葉は出てこない。量子力学でヒーコラな詩人に場の量子論の話やら、素粒子論の基礎理論は場の量子論である・・・などと話してもしょーないのだ。難しい話はしないに限る。うむうむ。
そういえば波動関数が複素数であり、その絶対値の2乗が・・・・という記述もない。詩人向けだからなあ。

というわけで単なる引きこもりの私は一読た。理論が分かるようになる本ではないし物理学史を知る・・・ということは出来た。理論を知りたかったらな、方法は一つ。教科書を読め!!  てへ

posted by toinohni at 07:31| 東京 ☁| Comment(0) | 物理科学雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする